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“ART FORCE”のキャッチフレーズを冠して1988年5月に市場デビューを果たしたS13型系シルビアは、その流麗なスタイリングとFR(フロントエンジン・リアドライブ)ならではの走りの良さが高い評価を受け、たちまち大ヒットモデルに昇華する。一方、シルビアを売らない販売網の日産プリンス系と日産チェリー系のディーラーからは、「シルビアのような小型FRスペシャルティを早く設定してほしい」という声が高まっていた。
実質的にガゼールの後継モデルとなるFRスペシャルティカーは、日産自動車の兄弟車戦略の見直しもあり、厳しい条件が開発陣につきつけられる。内外装の意匠のみで違いを打ち出していた従来のシルビア/ガゼールの路線は踏まず、一見すると共通シャシーのクルマには見えないまっさらな新型車に仕立てる方針が打ち出されたのだ。
新しいスペシャルティカーを企画するに当たり、開発陣はS13型系の輸出仕様である「240SX」をベースにした3ドアハッチバッククーペを造り出す決断をする。さらに、「クルマに対する強いこだわりを持ち、クルマを走らせることが好きで、しかも自分のセンスをアピールしたい」というユーザーをメインターゲットに設定した。
エクステリアに関しては、空力特性の向上とスポーティ感の演出を最大限に重視する。フロント部はリトラクタブル式のヘッドライトとスラントしたノーズ、さらにダイナミックな造形の大型バンパーを装着してスポーティな顔を演出。ノーズからフード、ウエストライン、リアデッキにかけては、シルビアと同様に緩やかなS字のカーブを描く“エクストリームライン”を構築した。また、リアウィンドウからハッチゲートに至るボディ上部には大型のガラスを用いた“ラウンドグラスキャビン”を、リアフェンダーからリアエンドにかけては大きなカーブが緩やかに回り込む“ラップラウンドテール”を採用する。さらに各部のフラッシュサーフェス化なども図り、空気抵抗係数はクラストップレベルのCd値0.30(フロントおよびリアスポイラー装着時)を達成した。
一方でインテリアについては、基本的に“サラウンドインテリア”と称するシルビアのパーツを流用しながら、カラーリングや素材などに独自のアレンジを施す。2名掛けの後席には、可倒機構も盛り込んだ。また、シルビアの特徴的な装備であるフロントウィンドウディスプレイも上級仕様に設定した。
シャシーに関しては、シルビアと同様にFRレイアウトによるコントロール性の高さやリニアな操舵フィールを最大限に活かすため、前マクファーソンストラット/後マルチリンクのサスペンションを独自のセッティングで組み込む。複数のリンクの組み合わせによってタイヤの動きを最適に制御する専用設定の足回りは、シルビアとは一味違ったしなやかな乗り心地と忠実な操縦性を生み出した。さらに開発陣は、日産自慢の4輪操舵システムである“HICAS-Ⅱ”を新スペシャルティにも設定する。同時に、ハッチバックボディの採用に伴ってリアまわりの補強も入念に施した。動力源については、CA18DET型1809cc直列4気筒DOHC16Vインタークーラーターボエンジン(175ps/23.0kg・m)に一本化する。シルビアに用意する自然吸気版のCA18DEユニットを設定しなかったのは、ハッチバック化による重量増への対処、およびスポーティなキャラクターを前面に押し出すための方策だった。組み合わせるトランスミッションには5速MTとフルレンジ電子制御式4速ATを用意。さらに、リアビスカスLSDや4WAS(4輪アンチスキッド)も設定した。
■専用の車名とシンプルな車種展開で始動
シルビアに続く日産の新しい小型スペシャルティカーは、1989年3月に発表(発売は4月)される。車名は「180SX(ワンエイティ・エスエックス)」で、型式はRS13。車種展開は3ドアハッチバッククーペの1ボディ、CA18DET型の1エンジン、上級仕様のタイプⅡと標準グレードのタイプⅠというシンプルな構成でスタートした。販売ディーラーは前述の日産プリンス系と日産チェリー系。かつてガゼールを扱っていた日産モーター系は、シルビアの販売を担当した。
市場に送り出された180SXは、兄弟車のシルビアの陰に隠れがちだったものの、若者層を中心に地道な人気を獲得する。ただし、走りを重視する一部のマニアからは、シルビアに比べて70mmほど長いボディ(全長4540mm。全幅1690×全高1290mm/ホイールベース2475mmは共通)やリトラクタブル式ヘッドライトの採用によるフロントオーバーハングの重量増などがマイナスポイントとして指摘された。
兄弟車のシルビアとの明確な差異化を果たした180SXは、デビューから1年10カ月ほどが経過した1991年1月になるとマイナーチェンジを実施する。最大の注目ポイントは“エキサイティング・ランへ――”と称した搭載エンジンの換装で、従来のCA18DET型からギャレット製T25型ターボチャージャーに空冷式インタークーラーを備えたSR20DET型1998cc直列4気筒DOHC16Vターボ(205ps/28.0kg・m)に一新された。それに伴い、車両型式もRS13からRPS13へと変更される。ただし、車名に関しては「200SX」ではなく「180SX」のネーミングを継続した。また、この時の改良では従来のHICAS-Ⅱがコンピュータ制御によってより理想的なコントロールを果たす“Super HICAS”に進化。さらに、フロントマスクやアルミホイール、シート形状などのデザインもリファインされた。
1992年1月になると、充実装備の最上位グレードであるタイプⅢが設定される。デジタル表示式のオートエアコンやハイクオリティのオーディオといった快適アイテムを備えたタイプⅢは、180SXに新たな魅力を付加させていた。
■シルビアの全面改良を横目に――
当初は大ヒットモデルのS13型系シルビアに比べて存在感が薄かったRS13型/RPS13型系180SX。しかし、1993年10月にシルビアがフルモデルチェンジを実施してS14型系の第6世代に移行すると、状況は一変する。RPS13型系180SXの市場での人気が、にわかに高まり始めたのだ。理由はS14型系シルビアのキャラクターにあった。ボディ規格は全幅1730mmの3ナンバーサイズに変更。スタイリング自体も、洗練度はアップしたものの大人しい雰囲気に変わる。コクピットに関しても、従来のドライバー中心のスポーティなデザインから一般的なレイアウトに切り替わっていた。肥大化と凡庸化――そんな評価を下したS13型系のファンにとって、魅力的に映ったのが全面改良をせずにグレード体系の変更(タイプⅢ/タイプⅡ→タイプX/タイプR。タイプⅠは廃止)や装備の見直しなどで継続販売されたRPS13型系の180SXだったのである。
市場でのコアな人気に応えるように、日産の開発陣は180SXの地道な改良を行っていく。1995年5月には運転席SRSエアバッグの標準装備化や新ボディカラーおよびスーパーファインコートの設定などを実施。1996年8月になるとビッグマイナーチェンジが敢行され、前後バンパーはよりスタイリッシュに、リアコンビネーションランプはスカイライン風の丸型に、リアスポイラーはより大型のものに刷新される。さらに、リアブレーキの容量アップやリモコンドアロックの採用、自然吸気エンジンのSR20DE型1998cc直列4気筒DOHC16V(140ps/18.2kg・m)を搭載したタイプSの設定などを行った。また、SR20DEエンジン搭載車に関しては1997年10月に上位グレードのタイプGが追加され、自然吸気ファンから好評を博した。
走り好きを中心に人気を集めたRS13型/RPS13型系180SXは、1998年12月になるとついに生産が中止される。翌月の1999年1月には第7世代となるS15型系シルビアがデビュー。180SXはS15型系に吸収される形となり、後継モデルは設定されなかった。
モデルチェンジが激しい1990年代の自動車市場の中にあって、9年8カ月あまりもの長きに渡って販売が続けられた180SX。ロングセラーモデルに至ったのは、日産の経営悪化やレクリエーショナルビークルの車種強化という背景もあったのだが、それ以上にクルマ自体の持つ優れたキャラクター、すなわち走りのFRスペシャルティらしいスタイリングとディメンション、そして開発陣の地道な改良がユーザーから根強く支持されたからなのである。