煌びやかな騒がしい都市の街の中に。

青く輝くテレビを見つめる安らぎの家の中に。

薄明かりで割引シールを見つめる近所のスーパーの中にまで。

寒々しい木々が煩悩たちに光輝く実をつけられる季節になると、私たちは「ジングルベル」から逃れることはできないのです。

もろびとこぞりて…私は1人


クリスマス。それはイエス・キリストが誕生した特別な日。

でも人々は、この日を自ら特別な日にするために、キリストではない誰かの顔を思い浮かべ微笑みながら奔走するのです。

そんな嬉しそうな人々の様子を見ていると、私も特別な日にしなくてはと翻弄されていきます。

誰のために、何をしよう。


そして今年も「私のために、私の好きなことをしよう」という答えにたどり着くのでした。

大好きなビールを手酌して、買い漁ったコンビニスイーツを独り占めして、あとお供は…。

そんな自分のためのクリスマスのお相手にピッタリなのが「」。

1人でゆっくり過ごす静かなクリスマスに、本の中の世界に入り込んでみてはいかがでしょうか。


今年のクリスマスは1人かも。

そんな方におすすめな本とビールとのペアリングを3つご紹介いたします。

『憑かれたポットカバー〜クリスマスのための気落ちした気色悪い気晴らし〜』エドワード・ゴーリー 著/柴田元幸 訳(河出書房新社)


独特なタッチの黒い線で描かれた絵。

無表情なのにどこかおとぼけ顔の人間たち。

不気味だったり恐ろしいことばかり起こるのに、彼のユーモアにかかると暗さはなく可笑しくニヤけてしまうエドワードゴーリーの世界。

世界中のファンを魅了し続けるゴーリーが、世界一有名なクリスマスの絵本『クリスマス・キャロル』のパロディとして描いたのがこの『憑かれたポットカバー〜クリスマスのための気落ちした気色悪い気晴らし〜』です。


『クリスマス・キャロル』は、わがままで頑固なおじいさんスクルージが主人公。

皆に嫌われているスクルージが、クリスマスイヴに過去・現在・未来を見せる3人の幽霊とそれぞれの時空を旅し、大事なものを見つけ豊かなクリスマスを迎える物語です。

一方ゴーリーの『憑かれたポットカバー』も、偏屈そうなグラヴルが1人のクリスマスイヴを過ごすところから始まります。

グラヴルが紅茶を飲もうと置いたポットカバーから昆虫のような怪しい生き物が飛び出すと、グラヴルのクリスマスイヴには一気に不穏な空気が漂います。

『クリスマス・キャロル』の過去・現在・未来の幽霊に対応するような、「ありもしなかったクリスマスの亡霊」「ありもしないクリスマスの亡霊」「ありもしないであろうクリスマスの亡霊」の3人の亡霊と共に、グラヴルとその怪しい生き物は様々な人のクリスマスイヴを旅していきます。


その旅で見る光景は、ゴーリーらしい不気味で可笑しい物ばかり。

グラヴルが旅を終えるとスクルージのように心境の変化が生じます。

しかしそれはスクルージの変化と似ているようで全く違う、ゴーリーの主人公らしい愛おしい滑稽さを孕んでいるのです。

そんなグラヴルが迎えるクリスマスとは。


ゴーリーの軽やかなブラックユーモアのお供には、ゆっくりと飲みたくなる香りがしっかりありながらもそこまで苦みや風味が重すぎないサンクトガーレンの「ブラウンポーター」と一緒に。

1人でクリスマスイブを過ごそうとしていたグラヴルが、3人の亡霊との旅を通して迎えるクリスマスの結末ーー柔らかくもちょっとだけスパイシーでほろ苦なポーターでほろ酔いとなった私はニヤニヤが止まりませんでした。

■『憑かれたポットカバー〜クリスマスのための気落ちした気色悪い気晴らし〜』(河出書房)
https://web.kawade.co.jp/bungei/173/


『えーえんとくちから』笹井宏之(ちくま書房)


静かに短歌を紡ぐ生涯を送った夭折の歌人・笹井宏之さん。

その笹井さんのベスト歌集がこの『えーえんとくちから』。

このタイトル、私は「永遠と口から」と脳内変換しましたが、皆さんはどう変換するでしょうか?

「エーエン、と口から」と泣いているようにも感じますし「永遠解く力」という幻の力にも感じますし、その全てにも感じます。

答えは1ページ目にありました。


「えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい」
ーー「えーえんとくちから」笹井宏之(ちくま書房)より引用


でも、それは私の答えであって、決してあなたの答えとは限りません。

平仮名に宿る秘めた魅力が私たちをそれぞれへ進ませ、最後に重たい漢字で強く儚い彼の意思の世界を垣間見たような気持ちになりハッとしました。


この歌集のどの短歌からも、全ての存在を思いやるような優しく繊細で透き通った笹井さんの魂を感じます。そしてそれを丁寧に彼の感性と言葉で表現しており、彼の見えている世界を私たちにも見せてくれるのです。

「スライスチーズ、スライスチーズになる前の話をぼくにきかせておくれ」
ーー「えーえんとくちから」笹井宏之(ちくま書房)より引用

私はスライスチーズを見て「可哀想」と思ったことはあっても、その前の話を彼らから聞き出そうと思ったことはありませんでした。

「可哀想」はあまりにも残酷な言葉でした。スライスチーズが本当に欲しかったのは「その前の話をきかせて」という言葉だったのではないかと反省しました。

「からだじゅうすきまだらけのひとなので風の鳴るのがとてもたのしい」
ーー「えーえんとくちから」笹井宏之(ちくま書房)より引用

もし隙間のない人だったら、面白い音もならないし誰かを楽しませることもできないでしょう。風は体を通り過ぎることもできず、ただ体に当たり帰っていくだけだったかもしれません。私も誰かの隙間をこんな風に愛せたら幸せだろうなと、羨ましくなりました。

「人類がテッシュの箱をおりたたむ そこには愛がありましたとさ」
ーー「えーえんとくちから」笹井宏之(ちくま書房)より引用

1箱終わるまでに、テッシュは何を拭って何を包んで何を癒してきたのでしょうか。

その想い出を丁寧に丁寧に折りたたむ人類の背中が浮かんできました。

そこには凛とした静かな愛を感じました。


遠くから聞こえるクリスマスの音は、時に無音よりも孤独を実感させることがあります。

ここだけ時空が働いていないのではないか?私は世界に忘れられたのではないか?

笹井さんの短歌歌はそんな孤独な夜を優しく包んでくれるよう。


そのままの自然を愛し、独特な香りが立ってくるような笹井さんの短歌にぴったりなのは、野生酵母から作られるランビック「ブーン・グーズ」。

酸味とフルーティーな味わいのランビックと、静かに1滴ずつ潤していくような笹井さんの言葉たちで、乾燥気味な1人のクリスマスを暖かく湿らせてみてはいかがでしょうか。

■『えーえんとくちから』(ちくま書房)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480435750/


『クリスマス・プディングの冒険』アガサ・クリスティー 著/橋本福夫 他訳(早川書房)


子供たちがワクワクしそうなタイトルのこの本。

しかしこれは「ミステリーの女王」として世界中で愛されているアガサ・クリスティーのポアロシリーズの短編です。

クリスマスが迫ったある日のロンドン。

ポアロは気乗りしない雰囲気で、ある事件を男から聞かされます。

それは、ある国の遊び人の王子がロンドンに来た際に美しい女性に唆されて、由緒ある大事なルビーを奪われてしまったという事件。

問題なのはこの王子には婚約者がいて、その婚約者にこの事件がバレてしまっては結婚が破綻になってしまう可能性があり、公に捜査ができないこと。

そこでポアロの元にこのルビーを取り返すように依頼に来たのでした。


ポアロが承諾すると舞台はロンドンからイギリスの田舎町へと移ります。

英国の伝統的な古風なクリスマスを迎えるレイシイ大佐夫妻の元でクリスマス前後の数日間過ごすことになったポアロ。

そこでは夫妻の孫娘や孫息子、その友人達など身内だけが集まり、皆で楽しいひと時を過ごしていました。

ただ1人、孫娘セーラの恋人だけは危険な香りを放ち場に馴染んでいません。

夫人から話を聞くと、厳しい大佐はセーラの相手としてこの男を全く認めておらず、反対するばかりだといいます。

でも夫人は反対ばかりでは逆にセーラの想いに拍車をかけるのではないかと考え、敢えてこのクリスマスに招待し、この男がセーラに相応しくないことが露呈されればいいといった魂胆があると話します。

豪華なクリスマスのディナーでクリスマス・プディングを切り分け楽しむ夫妻と孫達。

そんな中、大佐に配られたプディングの中からあるものが出てくると…。


ポアロが探偵と聞いた孫たちの小さな企て、セーラの恋人が連れてきた病弱な妹の存在、クリスマス・プディングに隠されていた事実…それらが交錯するなかでポアロは無事にルビーを取り返すことができるのか。

またポアロのベッドに置かれた謎の手紙を書いたのは誰なのか。


描かれる風景や食卓の雰囲気など、そこかしこからイギリスの古風なクリスマスが漂う推理小説のお供には、イギリスのヴィンテージのストロングエール「フラーズ ヴィンテージ・エール」を。

アガサ・クリスティの描くクリスマスを読みながらゆっくりヴィンテージエールを飲んでいると、まるで自分までこの世界に入り込んだようにポアロと共に推理にふけりクリスマスを楽しむことができるでしょう。

ヴィンテージエールの温度による味の変化をゆっくり堪能した頃、全ての謎が解けるのでした。

■『クリスマス・プディングの冒険』(早川書房)
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/320063.html


Joy to the world!


ー良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものであるー

「我思う、故に我あり」で有名な哲学者デカルトの言葉です。

ビール片手に大好きな本を読んで、作者とじっくり会話するクリスマスも私だけが知っている特別な夜になるでしょう。


大切な人と過ごす方も。1人で過ごす方も。暗闇に消えた野良猫も。池の中の亀たちも。スライスチーズの一片にも。

みんなにそれぞれの特別なクリスマスが訪れますように。

情報提供元: ビール女子
記事名:「 クリスマスにおすすめな本とビールのペアリング3選