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ゲーム業界を取り巻く環境は年々変化しており、そのビジネスモデルも多様化しています。以前は制作したゲームを、ソフトとして顧客に販売する方法が主流でした。しかし情報技術の発展により、現在ではダウンロードコンテンツの販売や、ゲーム内アイテムを手に入れるための課金要素といった方法でも、収益を得られるようになっています。
変化が激しい業界にあって、海外のゲーム業界ではどのような手法が注目されているのでしょうか?
現在海外で活発になっているのが、サブスクリプションサービスの導入です。サブスクリプションサービスとは、定期的に料金を支払うことで一定の期間利用できるコンテンツやサービスを指します。ゲームの場合は、定額料金で特定のゲームを自由にプレイすることができます。
近年は、サブスクリプションによって収益を上げるビジネスモデルが各業界で盛んに導入されています。NetflixやSpotifyといった企業が、映像や音楽のサブスクリプションサービスを配信し大きな成功を収めたことは記憶に新しいです。エンターテイメント大手Disneyも「Disney+」の提供を始めるなど、大手企業の間でもサブスクリプション導入が進んでいます。
ゲーム企業にもサブスクリプションの導入が広がり、現在では様々なプランが用意されているなど、多様化も進んでいます。例えば、「アサシンクリード」シリーズを開発するフランスのUbisoft社は、1月16日に新しいサブスクリプションサービス「Ubisoft+」の配信を開始しました。アメリカでのゲームサブスクリプションサービスの市場規模は109億ドルに達し、今後さらに拡大するという試算もあります。
ただし、ゲームのサブスクリプションサービスのリスクを危惧している有識者や開発者もいます。例えば、昨年Game of the Yearを受賞した「Baldur's Gate 3」の開発者はX(旧Twitter)において、ゲームのサブスクリプションサービスについて否定的な投稿をしました。著名な経済誌でもサブスクリプションのリスクを分析する記事が掲載されており、一概にサブスクリプションが有効な戦略とは言えない状況です。
ゲームのサブスクリプションには大きな可能性がある一方で、反対意見も多く聞かれます。この記事では、現在のサブスクリプションサービスの特徴と成長について述べたうえで、そのリスクについても詳しく見ていきます。
公式サイト(https://www.xbox.com/ja-JP/xbox-game-pass?xr=shellnav)より引用
ゲームのサブスクリプション自体は、最近になって導入が開始されたわけではなく、しばらく前から導入が進められています。例えば、Microsoft社の「Xbox Game Pass」は、2017年6月にリリースされました。Electronic Arts社はさらに取り組みが早く、同社のサービス「EA Play」は2014年8月にリリースされました。こうしたサービスの導入自体は2010年代から始まっています。
ただ、時代が変わるとともに、以前よりも多くの人がサービスを利用するようになり、サブスクリプションを取り巻く環境も大きく変化してきました。以前と比べると、サブスクリプションサービスの内容にも変化が見られます。
最近のサブスクリプションサービスの特徴は、加入者への特典の付与と、コンテンツの多様化です。それぞれ詳しく見ていきます。
サブスクリプションの加入者に特別な権利を与えるプランが増加してきています。こうしたプランは高額である一方で、新作のゲームを一般公開される前にプレイできたり、加入者のみが楽しめるコンテンツにアクセスできたりと、特別な体験をすることができます。
Electronic Arts社のサブスクリプションサービス、「EA Play」には、2023年6月に「EA Play Pro」というプランが追加されました。このプランでは、一般に公開されていない新作ゲームを、一足先に他のプレイヤーよりも早く楽しめるという特典があります。また、追加コンテンツも含まれているベストエディションにアクセスでき、ゲームをより深く楽しむことができます。
2024年1月16日には、Ubisoft社から「Ubisoft+ Premium」が公開されました。このサービスでは、加入者にアーリーアクセスの特権が与えられるほか、月ごとに特別な報酬が与えられます。
このように、特定のゲームをプレイできるだけにはとどまらず、様々な特典が用意されたプレミアムなプランが用意されるようになりました。
サブスクリプションサービスで遊べるコンテンツは、年々増え続けています。また、その楽しみ方もより幅広くなっており、デバイスを選ばずに楽しめるようになっています。
先述したUbisoft社は、すでに100以上のゲームをサブスクリプションでプレイ可能にしているほか、今後も新しいゲームを追加していく予定です。
Ubisoft社はActivision Bizzard社の一部ゲームを配信する権利を、Activision Blizzard社の親会社、Microsoft社から譲り受けています。こうした動きもあり、今後もサブスクリプションで楽しめるゲームの幅は広がっていくでしょう。
Activision Blizzard社とMicrosoft社の関係については、以下の記事で記述しています。
Ubisoft社は、自社のサービスについて以下のように述べ、今後も新しいコンテンツを追加していく方針であることを明かしました。
加入者の10人に1人はこれまでにUbisoftのゲームをプレイしたことがありません。プレイしてみた結果、加入者は当社のゲームに詳しくなります。加入者の視野を広げる方法としてサービスが機能しているのです。<br />(中略)<br /><span style="background:white"><span style="background-color:#eeeeee;">これからゲームが追加されていくことで、カタログのタイトル数はさらに増え、プレイヤーは当社のゲームの世界についてもっと詳しく知ることができるようになるはずです。</span></span><br /><br />
近年のサブスクリプションサービスでは、これから発売されるゲームだけではなく、過去のゲームもカタログに追加されていく動きがあります。これにより、プレイヤーが楽しめるコンテンツも、より多様化することが見込めます。
また、企業にとっても、過去のゲームに触れてもらう機会を創出することで、自社のファンを増やすことができるというメリットがあります。
ゲームの種類だけでなく、プレイできる端末も多様化しています。2021年末にNetflix社が開始した「Netflix Games」は、サブスクリプションでのゲームプレイが多様化している一つの例です。このサービスは、すでに映像分野で成功を収めているNetflix社が、ゲーム業界に参入したものです。モバイルゲーム専用のサブスクリプションサービスとなっており、クラウドゲーミングに対応し、デバイスの制限なくプレイできるという特徴があります。
このように、サブスクリプションがゲームの世界でも一般化することによって、加入者特典や幅広いゲームの選択、端末を選ばないゲームプレイなど、これまでのサービスよりも魅力的なプランが生まれつつあります。
Modore Intelligence社の分析記事(https://www.mordorintelligence.com/industry-reports/global-subscription-based-gaming-market)より引用
ゲームサブスクリプションの市場規模は近年さらに広がりつつあります。Mordor Intelligence社によると、ゲームサブスクリプションサービスの2024年の市場規模はおよそ109億ドルに達し、2029年には174億ドルまで成長すると試算されています。
記事では、ゲーム業界において情報技術が発展していることに言及し、それによってゲームのサブスクリプションサービスが「市場に大きく貢献している」としています。
現在、5Gやデータ無制限プランといった新しい技術・サービスの普及により、ソフトを持たずオンラインでゲームをプレイすることがより容易になりました。また、モバイル端末でゲームをプレイする人口も増加し、ゲーミング環境はさらに多彩になっています。その中で、定額の支払いで様々なゲームがプレイできるサブスクリプションは、重要性を増しています。
また記事では、クラウドゲーミングがゲームサブスクリプションサービス市場の成長に寄与すると予測されています。クラウドゲーミングとはリモートのサーバー上でオンラインゲームをプレイできるサービスのことで、デバイスを問わないプレイを実現します。クラウドゲーミングはサブスクリプションの形で配信されることが多く、市場の活性化につながっています。
記事によると、5Gや無制限のデータプランの発展が、「サブスクリプション型のクラウドゲーミングの成功に一役買っている」とのことです。
このように、情報技術の発展により、サブスクリプションはゲームの世界でも大きな市場になっていくことが見込まれています。
これまでサブスクリプションサービスのプラスの面について述べてきましたが、サービスについて否定的な見解も存在しています。また、ゲーマーからもサブスクリプションについては賛否の声が上がっています。
よく挙げられる批判としては、コンテンツの質が低下してしまうことへの懸念と、ゲームの特性と相性が悪いのではないかという懸念があります。
コンテンツの質が下がることへの懸念は、開発者と一般のゲーマー両方から示されています。直接ソフトを販売するよりもサブスクリプションによる配信が主流になれば、サービスを配給する会社がより大きな権限を持つことになります。どのゲームをサービスに含めるか、決定できるのは配給する会社だけだからです。
もしそうなれば、コンテンツを制作する会社とユーザーの直接的な関係が希薄になります。制作会社はユーザーよりもサービス配給会社のことを考えて制作するようになり、結果、ユーザーの期待に応えるような作品作りから遠ざかってしまう危険があります。
昨年Game of the Yearを受賞した「Baldur's Gate 3」の開発者Swen Vincke氏はサブスクリプションサービスについて、「直接ゲームを届けることが重要」とし、Xに以下のように投稿をしました。
理想主義に後押しされたプロジェクトを取締役会に許可させることはほとんど不可能です。失敗に終わることはありますが、理想主義は必要不可欠です。サブスクリプション・モデルでは、利益を最大化するために、コストと利益を分析することに常に終始してしまうでしょう。<br />
<span style="color:#a9a9a9;"><span style="font-size:10px;">筆者翻訳</span></span>
このツイートに多くの共感のリプライが集まっていることからわかるように、プレイヤー側でも、サブスクリプションサービスに危惧を抱いている人が一定数存在します。
他の媒体とは違った、ゲームならではの特徴が、サブスクリプションと相性が悪いという分析もあります。
NetflixやSpotifyの成功から見えるように、特定の媒体に定額料金を支払って多数のコンテンツを利用するサービスは、巨大な利益を生み出す可能性があることは事実です。しかし、ゲームは音楽や映画とは異なる性質を多く持っており、単純にこれらのサブスクリプションサービスを転用するだけでは、同じような効果は生み出せないことが指摘されています。
アメリカのMcKinsey &Company社は、ゲームのサブスクリプションサービスが「苦戦を強いられている」とした分析記事を公開しています。
記事では、ゲーム業界で主流になっている戦略が、サブスクリプションと競合することが指摘されています。「Fortnite」や「Apex」など、特に長くプレイされているゲームは、無料でのプレイを可能にすることで、新規プレイヤー参入の敷居を下げています。
敷居が低い分、こうしたゲームはプレイヤーにできるだけ多くの時間プレイしてもらうために、競技性の高い要素や、ゲーム内アイテムのコレクション要素を導入しています。また、課金して得られるゲーム内アイテムやキャンペーンを充実させることで、ゲーム内での収益を上げる戦略を採っています。
基本プレイ無料のゲームの場合、初めは収益を得ることができませんが、ユーザーのプレイ時間を長くしてゲーム内コンテンツを確保することで、長期的に収益を上げることができます。
McKinsey &Company社は、こうした基本プレイ無料のゲームが主流になっている影響で、ゲームのサブスクリプションサービスが売れにくくなっていると指摘しています。基本プレイ無料のゲームは、最初の障壁をなくすためにプレイを無料にしているため、サブスクリプションに参加するメリットがありません。
そのような状況の中で魅力的なサービスを作り出すためには、有料ゲームをサブスクリプションに加える必要があります。しかし、映画や音楽に比べて、ゲーム業界では一部の人気タイトルに人気が集まっているという現状があります。そうした人気タイトルをサービスに加えるには、多額の資金が必要です。
サービスの価格と、配信権の買い取り価格のバランスをとることは難しく、これがゲームのサブスクリプション市場にとって不利に働いていると分析されています。
また記事では、Netflixのようなサービスが、独占コンテンツによって加入者を満足させていることも言及されています。特定のサービスでしか見られない映像を提供することで、加入者が他のサービスよりも好んで利用する状況を作り上げているのです。
ゲームの場合は、独占コンテンツを用意することが難しく、用意したとしても、AAAタイトルを制作するには莫大な開発費がかかってしまいます。もちろん、加入者が十分に楽しめるタイトルを発売できなければ、サービスの利用者が増加することも見込めません。
ゲーム業界には、基本プレイ無料ゲームの台頭や、有料ゲーム利用権の高騰、そして独占コンテンツ制作の難しさといった、業界ならではの性質があります。McKinsey &Company社は、これらの性質によって、ゲームのサブスクリプションサービスが「疑わしいプラン」になりうると分析しています。
このように、ゲームのサブスクリプションサービスには、開発者や一般ユーザーからの懸念があり、また他の媒体とは異なる問題があることも事実です。
ゲームサブスクリプションサービスについて、現代のサービスの特徴と成長性、そして批判についてまとめました。
数年前はバリエーションが少なかったゲームサブスクリプションサービスも、現在では様々な特典が用意され、遊べゲームも使えるデバイスも増えるなど、魅力的なプランがいくつも出てきています。
情報技術が発展し、ゲームプレイの形が多様化している中で、ゲームサブスクリプションの市場規模も大きく増加しつつあります。
一方で、ゲームの質の低下や、ゲーム業界との相性の悪さを指摘する声もあります。
ゲームのサブスクリプションサービスには大きな可能性がある一方で、リスクもあり、一概に良い戦略とは言えない、というのが現状でしょう。