これまで『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を、『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したジャンフランコ・ロージ監督

いずれの受賞もドキュメンタリー映画としては初の快挙だったが、現在公開中のこの最新作もまたドキュメンタリー作品だ。


映画が映し出すのは、今なお紛争が続くシリア、レバノン、イラクの国境地帯の日常だ。

海外の紛争地の実情に迫るドキュメンタリーはこれまでにいくつも撮られてきた。

だがこの映画のそぎ落とされたアプローチはなかなか他に類を見ない。

最初から最後までインタビュー映像もなければ、ナレーションもテロップもない。

紛争それ自体やその影響を受けながら暮らす人々の生活について「解説」するという試みを、徹底的に放棄している。

TVやインターネットで日々世界に発信され続けているニュース。

それらは多くの人にその内容を伝えるために当然ながら「解説」することに大きな比重が置かれるのだが、監督はこれらの報道と一線を画したいかのように、人々を取り巻く日常の景色や自発的に発する言葉だけを静かに映像に収めていく。

この映画の舞台はである国境地帯は、911のアメリカ同時多発テロ、アラブの春、昨年のアメリカ軍のアフガニスタンからの撤退に伴う悲劇に至るまで、侵略、暴政、テロにより大きな被害を受けてきた場所だ。

ロージ監督は、この地帯を通訳を伴わないひとり旅を3年以上も続け、そこに暮らす人々の声に耳を傾け、その日常を映像に収めてきた。

「争いではなく、物語や人物を語りたかった」と話す監督は、紛争地の前線や難民の移動といったセンセーショナルな映像を追及することはせずに、あえてその地で平穏な日常を取り戻そうと生活を続ける人々の姿にカメラを向けた。

インパクトのある映像や解説で人々の注目を引く手法とは完全に異なるその表現手法、それは監督の確固とした意思に基づいたものだ。

その地域に浸かきり人々の日常に寄り添うことで、誤解や偏見にまみれた中東の物語の真実にこれまでにない方法で迫れるかもしれない。

そんな直感からこの映画は生まれた、と監督は語る。

映画には力強く生きる様々な人たちが登場する。

冒頭で、まだ暗い明け方に延々と掛け声とともにランニングで同じ場所を周回し続ける大勢の兵隊の姿は、まるで延々と紛争の被害に遭い続けるこの地を象徴しているようだ。

祖国の歴史を描いた演劇の練習をひたむきに行う精神病棟の患者たち。

その与えられた役のセリフを聞きながら、彼らと時の権力者たちでは、本当に正気なのは一体どちらだろう、といった疑問がふと沸き上がる。

ISISの被害に遭った子供たちは、カウンセラーに対し、自身が描いた絵を示しながらその悲惨な体験をとつとつと語る。

釣り人を乗せた小舟の奥に美しい情景が広がる中、遠くに銃声が聞こえる。

人々の慎ましい生活とそのたくましさに焦点を当てても、そこには必然的に戦争が暗い影を落としていて、紛争地で生活を送ることの重圧が隙あるごとに画面いっぱいに漂い始める。

それでもロージ監督は、そこで暮らす人々からカメラを逸らさない。

こうして映画は、監督が心から伝えたかったものを、有り余る詩情とともに静かに、そして雄弁に語り始めるのだ。

そこあるのは、映像そのものの力に対する監督の大きな信頼だろう。

そして映画が純粋な形で届けてくれるものは、紛争地の日常を生きる人間の生命力、その力強さや美しさだ。

 

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