全編が画面上で展開するスリラー『search/サーチ』で長編デビューを飾り、瞬く間に注目を集めたアニーシュ・チャガンティ監督。彼が前作のチームと再びタッグを組み、監督・脚本を手掛けた最新作『RUN/ラン』が6/18よりいよいよ公開となる。

行方不明となった娘を懸命に探す父親を描く『search/サーチ』が、親子の健全な愛を映し出す一方で、今作では母親から娘に向けられるいびつな愛情が描かれる。

サラ・ポールソン演じるシングルマザーのダイアンは、生まれながらの病気で車椅子生活を送る娘クロエを献身的に世話している。実生活でも車椅子を使用するキーラ・アレンが演じる娘クロエは、大学進学と自立を目指す前向きな少女だ。クロエにとってダイアンは、身体的にも精神的にも自分をサポートしてくれる、頼もしい存在だった。しかし、クロエの自立を目前に、その信頼はもろくも崩れ去る。クロエは、ダイアンが飲ませる“新しい薬”が、人間が飲むべきではない危険な代物だと知ってしまうのだ。

脅威の対象が“生活する上で依存せざるを得ない母親”というのは、あまりに恐ろしい設定である。金銭的な依存だけではなく、身体的な依存をも含むなら尚更だ。『search/サーチ』ではインターネットが娘の関わる世界を押し広げていたが、本作では母親がネットの使用を極端に制限することで、情報や行動までもが制限されている。その絶望的な“手詰まり感”は、本作を観てもらえれば嫌というほど分かってもらえることだろう。チャガンティ監督はどのようにしてこの設定にたどり着いたのか。そして、サラ・ポールソンとキーラ・アレンという2つの才能や、本作で目指したものについて、監督にお話を伺った。

もしも親の愛情が“悪いもの”だったら?

――『search/サーチ』とは真逆の物語にするという起点はあったかと思いますが、本作の設定に落ち着くまでにどのような過程があったのでしょうか。

アニーシュ・チャガンティ監督「まず、ある記事を読んだことがきっかけだったんです。とある母娘が娘の病気を偽っていたという、実際に米国で起きた事件なんですが、これは娘も共犯だったんですね。もちろんそれをそのまま使ったわけではなくて、そこから要素を変えて発展させていき、今回の設定に至りました。そこにヒッチコック的なものを感じたんですよね。物語としての勢いがあり、そこから“ホラー”が生まれるのではないかと考えた。親の愛というのは素晴らしいものだし、子供というのは基本的に親の愛情を“よいもの”として受け取ります。快く思わない場合でも、ちょっとイラッとするくらいですよね。でもその親からの愛情が本当に“悪いもの”だったら。あるいは悪い場合があるとすればどんなものだろうか、と掘り下げていったんです。自分をケアしてくれる母親という存在が、牢獄の看守になってしまうというのはとてもホラーですよね。ストーリーを考えていてすぐにこの膨らませ方ができたし、そこに何か深いものがあるのではないかと思ったんです」

――母性が暴走したようなダイアンの心理にリアリティがあるのが、本作の恐ろしさを増幅させています。ダイアンのキャラクターのヒントになったものはありますか。また、母親の心理について、何かリサーチはしましたか。

チャガンティ監督「自分の母親を参考にしたところが結構あります。もちろん、主軸の“怖い部分”を参考にしたわけではないですよ(笑)。たとえば夜に何かを読んでいるところとか、庭の手入れの仕方、ワインの持ち方。心理面では、ダイアンの行動や選択について、世に沢山出ている代理ミュンヒハウゼン症候群の症例を参考にしています。そして、この映画のテーマの部分でもあるんですが、彼女の行動がある程度までは“観客にも理解できるもの”であることも大事でした。“子供を守る母親の心理”として感じてもらえるかどうか。そのあたりのバランスは、リサーチというよりも僕らのフィーリングで探っていきました」

車椅子を使う俳優のキャスティング

――クロエ役キーラ・アレンのタフな表情と演技はとても素晴らしく、サラ・ポールソンの存在感にも負けていませんでした。役柄と同じく車椅子の利用者であり、クロエを演じられる資質を持ったキーラとの出会いは、本作にどのような影響を与えたのでしょうか。

チャガンティ監督クロエの役には、最初から車椅子利用者をキャスティングしたいと思っていました。サラ・ポールソンをキャスティングできたので、それが可能になったところがあると思います。映画というのはビジネスでもあるので、最初に名前がくる主演のキャストに、知名度のある人をキャスティングすることが求められます。そこがばっちりできれば、今回のキーラのような新しい俳優をキャスティングすることが可能になります。

キーラが参加してくれたことは作品に大きな影響を与えました。僕自身は褐色の健常者の男性ですが、書いたキャラクターは白人で障害のある女性――しかもティーンエイジャーという設定ですから、キーラには「リアルじゃないと感じる部分があればなんでも言ってくれ」と言っていたんです。彼女の意見を聞いて、様々な部分を変更していきました。彼女は本当に、サラに負けないくらいの演技をしてくれた。彼女本来の才能がもたらしてくれた影響も大きいです。それ以降の部分は、彼女が意見を言える環境を作り、それを取り入れていったことが重要だったと思います。彼女はこの作品のことを「誇らしく思っている」と言ってくれましたが、それは彼女の意見をしっかり取り込めているということなんじゃないかなと」

――ダイアン役にはもともとサラ・ポールソンをイメージしていたそうですが、この役柄を演じる上で、監督から彼女にリクエストしたことはあるのでしょうか。

チャガンティ監督「僕たちから彼女にリクエストすることは何もなかったです! ただその才能を発揮してくれればよかった。サラは、自分の演じるキャラクターの頭の中にすっぽりと入ることが出来る人。それはこれまでの作品を観ていれば明らかで、褒め言葉とかではなく事実なんですよね。この映画のコンセプトだけだったら安っぽい作品に終わることもあり得たかも知れませんが、彼女が参加してくれただけで、この作品が格上げされた側面があると思います。現場でその演技を見ていても、本当に怖いくらいでした。彼女はとてもダークな場所にまで行き着いていましたから

余分なものが一切ない、ピュアな作品になった

――高く評価された『search/サーチ』の次に、新たな作品を作るのはプレッシャーのあることだったと思います。次なる2作目として、自分の中で設定した課題のようなものはありますか。

チャガンティ監督「クリエイティブ面でいちばん避けようと思ったことは、“説明過多にならないこと”ですね。『search/サーチ』のクライマックスに、真実が明かされる説明的なパートが7分ほどありますが、ときどき人に「ちょっと漫画チックなパートだよね」と言われることがあったんです。納得する部分もあったので、この作品では説明をしすぎず、見せる部分を最少に抑えて終わるような形を目指しました。観終わったあとに色々と話したくなるような感じですね。そして“余分なものはすべてカットする”、その考え方はファイナルカットまでずっと維持していました。なのでこの映画には余分なものが一切ないし、何かを加える必要もないというくらい、ピュアで蒸留された作品になりました。『search/サーチ』のほうは様々な要素を盛り込んだ作品なので、まったく違う作品になっていると思いますね」

――今作について、ヒッチコック監督やM.ナイト・シャマラン監督から受けた影響について教えていただけますか。

チャガンティ監督「実は今回は、“模倣をする”という実験的な側面もありました。自分が観て育ってきた大好きな作品たちをすごく参考にしているんです。シャマランや、ヒッチコック、それにスティーブン・キングの小説ですね。『ミザリー』『サイコ』『アンブレイカブル』『疑惑の影』などの作品を参考にしながら作っていきました。それはストーリーの構築だけではなく、例えばどんな風に画角を作っていくかといった画作りの点も含めてですね。彼らの場合、カメラをただ地面に置いて“何が起きるのか”を撮っているのではなく、それぞれに意味があるんです。彼らの撮り方を研究し、同じ形で撮っています。あとはヒッチコックも全て絵コンテを起こすタイプだったそうなんですが、僕も撮影前から凄く分厚いバインダーを用意して、紙と鉛筆ですべてのシーンの絵コンテを作りました。自分たちの好きな『サイコ』から、最近の作品だと『10 クローバーフィールド・レーン』まで、色んな作品に対するオマージュや想いが入った作品になっていますよ

――『search/サーチ』と『RUN/ラン』を含めて3部作にする、という話を目にしたのですが本当でしょうか。

チャガンティ監督「3部作というのは考えてはいません。次回作は強盗モノで、これまでの2作とはあまり関係がない作品になります。でも、2作にはイースターエッグを仕込んでつながりを持たせているし、同じく動詞のタイトルをつけた、限定されたシチュエーションのスリラーとして、3本目の作品を作るのも悪くないかも知れません。その場合のテーマも、“親不孝”の物語になるでしょうね。でも特にアイデアがあるわけではなくて、「いつか作れたら面白いかな」という感じかな。実現すれば、意図したわけではないけれど、3部作的なものになるかもしれませんね」

『RUN/ラン』
6月18日(金)よりTOHOシネマズ 日本橋他全国ロードショー

監督・脚本:アニーシュ・チャガンティ 製作・脚本:セヴ・オハニアン
出演:サラ・ポールソン、キーラ・アレン
2020/英語/アメリカ/90分/5.1ch/カラー/スコープ/原題:RUN/G/字幕翻訳:高山舞子
配給・宣伝:キノフィルムズ 提供:木下グループ

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情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 毒母の狂気描くスリラー『RUN/ラン』監督インタビュー 「サラ・ポールソンの演技は現場で見ていても怖いくらい」[ホラー通信]