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今回は泉 賢一さんのブログ『乳牛と酪農を科学する』からご寄稿いただきました。
オルテックという世界的な畜産用飼料企業があります。
そこから送られてきた今日のメールマガジンのテーマは、抗生物質不使用の豚肉についてでした。
※掲載されていたリンクは、残念ながら英語版でした。
「抗生物質不使用:もう一つのホワイトミート、豚肉について」
「The antibiotic-free “other white meat”」『Alltech』
http://ag.alltech.com/en/blog/antibiotic-free-pork
みなさんが口にしている豚肉と鶏肉。
これらのもととなる、ブタとトリ(ブロイラー)のエサには飼料添加剤として抗生物質が含まれている、と聞くと驚くでしょうか。
誤解をしないでいただきたいのですが、当然、食肉中に抗生物質が混入することを防がなくてはいけません。なので、出荷間近の大人の家畜には、抗生物質入りのエサを使うことは禁止されています。
飼料添加剤としての抗生物質は、病気にかかりやすい子どものブタ、トリのエサに混ぜられることが多いのです。子どもの時に使用するだけであれば、肉になる頃には、抗生物質が一切残留していないので、安全な食肉として出荷できます。
ブタやトリは、ウシと違って、一般的には閉鎖された空間にぎゅうぎゅう詰めで飼われています。限られたスペースで、多くの家畜を飼うと、効率が良くなり、安く生産できるからです。労働効率が良くなるし、走り回ると、エサで摂取したエネルギーが、運動で消費されてしまい、成長に利用されなくなります。
しかし、狭い空間に多数の家畜を飼っていると、1頭でも病気に罹ると、畜舎全体の家畜にあっという間に病気が蔓延してしまいます。
人の例で考えてみましょう。
毎年流行るインフルエンザを予防するためには、人混みに近寄らない、というのが鉄則です。
ブタやトリは、その人混みで、飼われていると考えるとわかりやすいでしょう。
せっかく育てたブタやトリが、わずかな頭数に病気が発生するだけで、全滅に近い打撃を受けてしまう・・・。
考えただけで、恐ろしいです。
養豚農家や養鶏農家は、病気の発生を抑えるために、涙ぐましい努力を行います。
テレビなどで、牛舎の様子を観ることがあるかもしれませんが、豚舎や鶏舎の内部を観ることはほとんどないと思いませんか?
それは、病原体の侵入を防ぐために、養豚場や養鶏場では、部外者の立ち入りを厳しく制限しているからです。テレビクルーのような農場に関係のない人は、畜舎立ち入りはほぼ不可能です。
まれにあるとすれば、そこは、自然農法のような飼い方をしているところだと思います。
私は、この春に道内のある養豚場に、仕事で訪問することになっています。
業界でも大手の巨大な農場です。
訪問時の条件として、訪問日前の48時間以内に、他の養豚場に立ち入らないこと、と規制されています。
農家さんは、それくらい、部外者の侵入に、神経をとがらせているのです。
抗生物質を飼料添加剤として使用することで、リスクを減らし、安心して営農したいという気持ちは、とてもよく理解できます。
飼料添加剤としての抗生物質には、病気予防以外のメリットもあります。
抗生物質入りのエサを子どもの時に与えると、病原体の感染を防ぐので、健康なブタやトリに育つので、発育速度も速くなるというメリットもあります。
というようなわけで、これまでは、ブタやトリの子畜には、抗生物質入りのエサを与えることが一般的でした。
これは、日本も例外ではありません。
しかし、世界的な流れで、エサへの抗生物質使用は禁止の流れとなってきています。
農水省のHPによると、「家畜に抗菌性物質を使用すると、薬剤耐性菌が生き残って増えることがあり(薬剤耐性菌が選択される)、抗菌性物質の効きが悪くなることがあり」、「食品などを介して薬剤耐性菌が人に伝播した場合、人の治療のために使用される抗菌性物質が十分に効かない可能性もあります」と、述べられています。
「家畜に使用する抗菌性物質について」『農林水産省』
http://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/yakuzi/koukinzai.html
近年、世界各地で、抗生物質の飼料添加に対して、法規制が整備されてきています。
日本でも、この4月から、飼料添加剤として利用されてきた抗生物質の一部が使用禁止になります。
「家畜飼料の抗菌薬禁止 コリスチンなど2種類 農水省、耐性を懸念|行政・社会|佐賀新聞ニュース」2017年7月14日『佐賀新聞LiVE』
https://www.saga-s.co.jp/articles/-/117995
今回のメールマガジンの記事は、抗生物質不使用の豚肉や鶏肉を求める、企業や消費者の声が高まっている、という内容でした。
ですが、同じ記事には次の点も指摘されていました。
抗生物質の使用をやめると、ブタ1頭あたり4.5~15ドル以上の、コストが増加するという試算です。
上昇したコストは、消費者が手にする、肉の価格に上乗せされることになります。
先日、この10年間で、食材の価格が上昇していることを紹介しました。
その一方で、世帯収入は増えていないので、エンゲル係数は上昇しています。
野菜は、価格上昇によって、10年前と比べて消費量が減少していました。
畜産物で、消費を伸ばしたのが、豚肉と鶏肉でした。
安定した価格(農家の血のにじむような努力のたまもの)が、消費者の味方になっているのです。
「この10年間の食生活の変化「日本農業新聞」」2018年3月5日『乳牛と酪農を科学する』
http://dairycow2017.hatenablog.com/entry/2018/03/05/%E3%81%93%E3%81%AE10%E5%B9%B4%E9%96%93%E3%81%AE%E9%A3%9F%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%AE%E5%A4%89%E5%8C%96%E3%80%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E6%96%B0%E8%81%9E%E3%80%8D
薬剤耐性の問題は、大きな問題です。
私も、病院で処方される薬の中で、抗生物質については慎重になります。できることなら、使いたくありません。
一方で、収入の増えない、このご時世。
手軽に買える食材には、代えがたい魅力があります。
みなさんは、どちらを選びますか?
↓昔、ゼミの学生と一緒に豚を育てました。
執筆: この記事は泉 賢一さんのブログ『乳牛と酪農を科学する』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2019年2月14日時点のものです。