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季節は春。うららかな陽気に誘われて、玉鬘のふたりの娘たちは庭の桜を眺めながら碁を打っていました。
姉妹はいずれも18、9くらいの花盛り。長女のほうは華やかで気高い美貌の人で、なるほど臣下の男との縁組はもったいないと思われるような麗しさです。洗練された身のこなしと言い、あふれんばかりの愛嬌といい、実にお姫様らしく見えます。
妹の方はすらっとして背が高く、しっとりと清楚な感じ。こちらは思慮深そうでいかにも才気のありそうな姫です。母の玉鬘も派手な顔立ちの美人でしたから、よりお母さん似なのは長女、というところでしょうか。
庭の中でも格別に美しい桜の木を見て「子供の頃、この桜の木をお互いに取り合ったわね」。「お父様は、この木をお姉さまのだと仰って」「お母様はあなたのだと仰るものだから、泣いて取り合ったりはしなかったけれど、なんだか納得が行かなかったわ」。
父の髭黒がいなくなってずいぶん経つと、姉妹はしみじみと語らいながら、改めてこの桜の主を決めるべく三番勝負をはじめました。
ちょうどその時、長女の姫に恋する蔵人少将が現れます。彼は玉鬘の息子のところへ遊びに来ていたのですが、兄弟はちょうどでかけていて留守。もともと人の少ない邸なので、こっそり近寄ってのぞいてみました。
ラッキーなことに、少将の真正面に長女の姫が見えました。男がのぞいているとは誰も思わず、女房たち含めみんなが浮かれています。その中でこの季節にぴったりな桜重ねの衣装を着た長女の姫は笑ったり冗談を言ったり。リラックスした表情がこの人をより美しく見せます。
本来なら、外から見えるような端近にいては叱られるであろう姉妹ですが、今回は桜の花に誘われてつい、というところでしょう。暗くなったので御簾まで巻き上げての大サービス、母の玉鬘はお留守でしょうか?
勝負は妹が勝った様子。姉の女房たちは負け惜しみを言い、妹側はそれに応酬して笑い、和やかに春の日は過ぎていきます。
少将はこの場に自分も混じって行きたい気すらしましたが、レディたちがくつろいでいるところをいつまでものぞくのも失礼だろうと、紳士らしく(?)帰ります。
しかしまぶたに焼き付いた彼女の美しさは忘れがたく、(あの美しい人が他の誰かと結婚したらどうしよう。またこんなチャンスがないだろうか……)と思っては、この家の周りをウロウロするのでした。
そのうちに、ついに長女の嫁ぎ先が決定しました。玉鬘は冷泉院の再三の要請と、異母姉妹の弘徽殿女御の後押しに負け、将来性はないが気楽な冷泉院の後宮に入れることにしたのです。そうまでしたい冷泉院の本音は、未だに若い頃と変わらぬ美貌を保つ玉鬘にひと目会いたいから、なのですが……。
これを聞いて少将は死ぬほど嘆き悲しみ、まるで廃人同然。母の雲居雁からは「お恥ずかしい話ですが、同情してくださるならどうか今からでも。誠に愚かな親心で」と、決定を変えてくれるよう頼む手紙が来ます。
これには玉鬘もどう返していいやら。「院がどうしてもとおっしゃるので私も困っておりまして。今しばらくお待ちいただければ、いずれは……」と、妹との縁組をほのめかします。
しかし少将は妹なんて眼中にない。あの桜の花の下で、美しく微笑んでいた姉姫の面影を思い出しては諦めきれません。
今更結婚はできなくても、ひとこと自分の思いを伝えたい。少将はそう思い、玉鬘の息子の侍従の部屋に遊びに行きます。侍従は薫から来た手紙を読んでいるところでした。
隠そうとするのを少将が取り上げてみると「私の気持ちをわかっていただけずにすぎる年月、恨めしい春の暮れですね」とおっとり書いてあります。姉が冷泉院に嫁ぐと聞いて残念がっている和歌ですが、なんともスカした手紙です。
少将は苦々しい思いでいっぱいです。(大して本気でもないくせに! でも他人からみれば、躍起になって焦ってる僕のほうが馬鹿みたいにみえるんだろうな)。
少将は懇意にしている女房のもとへ行き、うっかりのぞき見したことまで白状して、なんとか手紙を渡してくれと迫ります。女房は(なるほど、それで余計に)と納得。でもここで下手に同情しても仕方がないと、冷たくあしらいます。
今までの物語なら誰か女房が同情して手引きし、不覚にもふたりが結ばれてしまうという展開もありましたが、ここの女房たちは恋のキューピッドを務めません。がっくりと気を落とした少将が寝込む中、長女の姫が後宮入りする日がやってきました。
落胆のあまり生ける屍のようになった息子を見て、「そんなに好きだったのか。もっとこちらからしっかり申し入れればよかった」と、夕霧と雲居雁は今更のように悔みます。
しかし親族ということもあり、ハレの日を無視することはできません。内心は複雑ながらも、ふたりは玉鬘の長女のために息子たちを派遣し、お供の手配、女房たちの衣装などもたっぷり用意して贈りました。
「どういうわけか病気のようになった息子を介抱するのに忙しくて、今日のことを詳しくお知らせくださらなかったのが残念です」とは雲居雁の手紙です。はっきりとはいわない恨み節が、玉鬘の胸に刺さります。
夫のいない玉鬘はこういう時の人員確保が大変なので、兄弟筋のサポートがかかせません。でも腹違いの姉妹である雲居雁とも、この件を介して頻繁にやり取りするようになっただけ。異母弟の紅梅も牛車を出したりして手伝ってくれますが、本当の所はどちらともさほど親しくないので、ありがたくも肩身が狭い思いがします。
玉鬘の息子たちもそれは同様で、(こんな時、髭黒の父上がいらっしゃればなあ)と思いながら出立の準備を手伝います。
その頃、姉妹は別れを惜しんでしんみりしていました。生まれてから一度も離れたことのないふたり、昼夜一緒にいるのが当たり前だったのに、もうこれからはめったに会えないし、帰っても来られない……。初めて家を出る心細さに感傷的になっています。
お化粧も衣装もきれいに仕上げた花嫁のもとに、例によって少将の手紙が届けられます。少し落ち込んでいたせいか、普段なら見向きもしないその手紙を、珍しく彼女は開きます。
「もうこの命も尽きるかと思いますが、そうは言っても悲しくて。せめて一言「あわれな」とだけでも仰ってくださったら、そのお言葉の分だけでも生き延びられるでしょうか」。
長女の姫は意味がわかりません。(少将の君はご両親揃ってご立派で、なんの心配もないお家なのに、どうして死ぬとか言うのかしら。我が家はお父様がいらっしゃらないせいで、何かにつけて心細いのに……)。何不自由なく育った少将のお坊ちゃん的な失恋の悲しみと、あらゆる面で父がいないことの不安定さを感じている長女の心はまったく噛み合いません。
それでも命の終わり、というフレーズがひっかかり、本当にこの人は死ぬ気なのだろうかとも思って「あわれ、という言葉ですが、この世は無常。いったい誰に向かってかければよいのでしょう。命の儚さについて少しは存じております」。こんな内容を手紙の端に書き、女房に書き直して伝えるように言います。
しかし女房は直筆の返事をそのまま少将に渡しました。あこがれの人がやっと返事をくれた!!しかしこれが恋の始まりならともかく、彼女が冷泉院の妻になってしまう日の、終わりの手紙なのです。
少将はものすごい勢いで、恨みがましく「死ねばあわれと仰ってくださるのなら死に急ぎたい気もしますが、やはり生きて一言を聞きたい!」と返してきます。
これには長女の姫も引いてしまい(同情からお返事なんてするんじゃなかったわ……)。さすがにこれにはレスをつけず、そのまま冷泉院のもとへ参上していきました。
返事しなきゃ悪いかな? と思って軽く返事したが故に、かえってまずい方に行ってしまって後悔……というのは、いつの時代も変わりませんね。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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