今回は『俺のセブ島留学』よりドン山本さん執筆の記事からご寄稿いただきました。


【ドゥテルテ対カトリック(2)】 フィリピンとカトリックが推し進める離婚と中絶の禁止(俺のセブ島留学)



前回はドゥテルテ大統領とカトリックの対立について詳しく説明しました。


「【ドゥテルテ対カトリック(1)】反ドゥテルテを掲げるカトリック。フィリピンとカトリックの関係性とは」2017年11月17日『俺のセブ島留学』

https://ceburyugaku.jp/68203/


今回は、フィリピンの離婚と中絶についてお話ししていきます。世界でもっとも厳しいとされる離婚と中絶の禁止。それが元に起きる問題とは?



1.離婚の禁止

1-1.世界でただ一カ国、離婚できない国

1-2.離婚合法化はなぜ進まないのか?

2.中絶の禁止

2-1.世界でもっとも厳しいフィリピンの中絶禁止

2-2.「闇の中絶」がもたらす悲劇

2-3.中絶手術を受ける費用がない場合は……

2-4.深刻な十代の妊娠


 


1.離婚の禁止



http://www.ghandilaw.com/


 

1-1.世界でただ一カ国、離婚できない国


カトリックは前回紹介した「バハラナ」に代表されるフィリピン人の国民性に影響を与えているばかりでなく、政治や経済活動にも深く食い込んでいます。ことに庶民の暮らしに直接影響を及ぼしているのは、離婚と中絶の禁止です。


フィリピンでは一度結婚すると、絶対に離婚できません。なぜなら「離婚」という制度そのものが、はじめからフィリピンにないからです


教会での結婚式に参加すると、神父さんが新郎新婦の双方に対して、配偶者のことを「健やかなるときも病めるときも、生涯愛し続けると誓いますか?」と確認するセレモニーが必ず行われます。


これは、日本では単なる形式上のセレモニーに過ぎませんが、本来の意味は神の御前で神に対して永遠の愛を誓う儀式です。


神に誓いを立てた以上は、この約束を破ることはどんなことがあっても許されません。ですからカトリック教徒であれば、本来は離婚などけしてできないのです。


とはいえ、現代社会でカトリックの教えをもとに離婚を禁じるのは、さすがに無理があります。今日では数あるカトリック教国でも、離婚は法律上の制度として認められています。


ところが世界でただ一カ国だけ例外があります。それが、フィリピンです。


ちょっと前までは、地中海にある小国のマルタ共和国でも離婚が禁じられていました。しかし、マルタでは2011年6月に「離婚合法化」の是非を巡って国民投票が行われ、52.3%の賛成を得て離婚合法化法案が可決しています。


フィリピンは世界で唯一、離婚が合法化されていない国なのです。


このことはフィリピン人に多くの悲劇をもたらしています。相手がギャンブル狂であろうと浮気ばかり繰り返そうと、あるいは家庭内暴力をふるおうとも、一度結婚したからには離婚できないからです。


どうしても別れたければ別居するよりありません。そのため、次のようなケースがよく起きます。


AさんとBさんが結婚しましたが、結婚生活がうまくいかなくなり別居することにしました。しばらくしてAさんもBさんも別の家庭をもち、それぞれに新たに子供に恵まれました。


ところが、AさんとBさんの間には法律上結婚状態が続いているため、二人は新たに結婚することができません。そのため子供たちの身分は、どうしても不安定になってしまいます。


フィリピンではこうした事例がかなりあります。ちなみに重婚は罪が重く、発覚した場合は禁固6~12年に処されます。


離婚という制度はないものの、実は抜け道が用意されています。


アナルメント(Analment)という制度です。


アナルメントは日本語で「婚姻関係無効」の意味です。アナルメントは正式な裁判を経て決定されます。


アナルメントが認められると、婚姻していた事実自体を抹消できるようになります。すると新たに結婚することもできるため、事実上は離婚したことと同じ扱いになります。


ですが、アナルメントには弁護士費用などで日本円にして30万円以上の費用が必要とされ、判決が出るまでに5~6年もかかります。フィリピンの大多数を占める貧困層にそんな大金を用意できるはずもなく、選択肢にさえ上がりません。


アナルメントは富裕層だけが利用できる特別な制度に過ぎません。


大多数のフィリピン人は、相手が死ぬまで再婚できないという理不尽な状態におかれています。


 

1-2.離婚合法化はなぜ進まないのか?


政府が主体となり離婚を合法化しようとする動きも過去にはありましたが、その動きを封じてきたのはカトリック教会です。フィリピンでは、カトリックの教義に反する政策を政府がとろうとすると、必ずと言ってよいほどカトリック教会が政治に口を出してきます。


では、離婚に対するフィリピン人の意識はどうでしょうか?


2014年12月に民間調査機関が、離婚合法化に賛成か反対かを調べたデータが発表されています。それによると賛成が60%を超えています。過去にも同様の調査が行われており、2005年が43%、2011年が50%と、年々合法化を支持する声が高まっています。


離婚合法化に反対と答えた人は29%で、前回調査の45%を大きく下回っています。こうしたことからフィリピンの世論は、離婚合法化を求めているといえるでしょう。


しかし今のところ、離婚合法化の動きは鈍いままです。その理由として、カトリック教会が頑固に反対していることの他に、もうひとつ指摘されていることがあります。それは、政治家の抱える事情です。


フィリピンには、愛人をもち婚外子を設けている政治家が少なからずいます。こうした政治家にとって離婚制度がない今の状況は、実はきわめて都合が良いのです。


その理由は、もし離婚が合法化されたらどうなるかを想像してみると簡単にわかります。政治家の妻は離婚を求め、莫大な慰謝料を請求してくるでしょう。


これまでは、法律上愛人としての地位に甘んじるよりなかった女性たちも、合法的に離婚ができるとなると、正妻と離婚して自分と結婚するように迫ってくるかもしれません。婚外子の養育費を支払う義務も生じます。


こうした事態を避けるために政治家は、「わざと離婚合法化を妨げているのではないか?」といった疑惑の声もあがっています。


ドゥテルテ大統領も離婚合法化には消極的です。


2016年3月20日に開かれた、次期大統領選候補者の第2回公開討論会の場で、離婚の合法化について聞かれたドゥテルテ大統領は、他の候補者と同様に反対の意思を表明しました。


ドゥテルテ大統領自身、離婚制度がないことに振り回された一人です。前妻からアナルメントを起こされ、2000年に婚姻関係の無効が宣言されています。現在は内縁の妻との間に一人の娘がいますが、まだ正式に結婚はしていません。


恋のもつれを抱えるドゥテルテ大統領は、当然ながら離婚合法化に賛成すると思われていたため、反対を表明したことは当時話題となりました。


現政権が離婚合法化に積極的でない以上、フィリピンでは当分離婚が認められそうにありません。


 


2.中絶の禁止



2-1.世界でもっとも厳しいフィリピンの中絶禁止


離婚以上に多くのフィリピン人を苦しめているのが、妊娠中絶の禁止です。カトリック教徒が多いフィリピンでは、中絶は法律で禁止されています。


カトリック教会では、1867年に教皇ピウス九世が「中絶をした人間を例外なく破門にする」と宣言して以来、中絶を堅く禁止しています。


それでも最近は女性の人権が重視されるようになったため、スペインやポルトガル・コロンビアなどカトリック教の国々でも、妊娠中絶の権利を法律で認める国が増えています。


あるいは、一部の事情に限って中絶を認める国もあります。


たとえばアイルランドです。カトリック教徒が多いアイルランドでは長い間中絶を禁止していましたが、今では法律が改正され、母体の命に関わる場合であれば中絶が認められるようになっています。


しかし、フィリピンだけは厳格に中絶が禁止されています。「汝、殺すことなかれ」というカトリックの教えがフィリピンでは浸透しており、妊娠中絶という胎児を殺す行為を例外なく禁じているのです。


たとえ母親の体に生命の危機が訪れようとも、障害をもつ子供が生まれるとわかったとしても、レイプされて身ごもった子であろうとも、そのレイプの相手が自分の父親であったとしても、いかなる理由があろうとも中絶は認められません。


さまざまな事情により、子供を産むことで母と子にどのような苦しみが訪れようとも、カトリックでは生命は神の賜物(たまもの)であり、人がけして触れてはいけない領域なのです。


フィリピンではカトリックのこの教えが、憲法に反映されています。憲法では国家の義務として「母の生命と、受胎からまだ誕生しない胎児の生命も等しく保護するものとする」と明記されています。


この憲法があるため、妊娠した時点で胎児は一人前の人間として扱われます。つまり中絶はフィリピンでは、殺人も同然なのです。中絶はあらゆる状況下で、フィリピンでは違法です。


たとえば母体の命を守るために中絶が行われた場合、場合によっては刑事責任を免れる可能性もありますが、そのようなことを明文化した法律は一切ありません。


刑法では理由のいかんにかかわらず、中絶を行った医師や助産婦は禁固6年と医療免許の喪失、中絶で罪に問われた女性は禁固2~6年に処されます。


フィリピンの妊娠中絶を禁止する法律は、世界でもっとも厳しいと言われています。


 

2-2.「闇の中絶」がもたらす悲劇


しかし、法律でどれだけ厳しく中絶を禁止しようとも、望まない子を宿したフィリピン人女性のなかには「闇の中絶」を受ける女性があとを絶ちません。


非合法な妊娠中絶の手術を施す「闇の中絶」が、フィリピン各地で行われています。非合法なだけに安全や衛生に問題があることが多く、中絶手術が原因で命を落とす女性も少なくありません。


2012年には約61万人のフィリピン人女性が、危険な非合法妊娠中絶の手術を受けたと報告されています。そのうち手術による事故や後遺症で10万人が病院に運ばれ、そのうちの千人が中絶手術が原因で死亡しました。


またエルネスト・ペルニア国家経済開発庁長官は、妊娠と出産の合併症から毎日11人のフィリピン人女性が死亡していると言っています。


この数字には毎年それほどの差はないようです。WHOでは、フィリピンにおける母体の死亡の20%が「闇の中絶」の結果と指摘しています。


危険とわかっていても「闇の中絶」に頼るしかないフィリピン人女性の悲しみが、そこに横たわっています。


フィリピン社会の中絶に対する偏見には根強いものがあり、女性たちは二重の苦しみにさらされています。それは、中絶手術が原因で病院に運ばれた際にも見られます。「闇の中絶」自体は違法ですが、その結果として治療を受けることは合法です。


ところが、病院では闇の中絶が原因で診察に訪れた女性を、医師や看護婦が犯罪人と見なすため、治療そのものを拒否することさえあったと、ニューヨークにある出産権利センターのレポートで報告されています。


また、医師が患者に教訓を与えるために、必要な治療をあえて延ばすこともあったと綴られています。


実際、痛みで苦しんでいるにもかかわらず、病院側が「罪を反省するために痛みを止めてはならない」と勝手に判断し、麻酔や鎮痛剤をもらえなかったとこぼす女性はかなりの数にのぼります。


そこまでひどくなくても、中絶手術を行ったことを警察に報告するように強いる病院もあります。カトリックへの深い信仰が、どんな理由があっても中絶を許しがたい罪ととらえる社会をつくり出しています。


 

2-3.中絶手術を受ける費用がない場合は……


それでも中絶手術が受けられるなら、まだましです。性に関する調査を世界的に行う団体であるアメリカの Guttmacher Institute の発表によると、フィリピンで中絶を行う女性のうち、外科手術を受けているのは4人に1人に過ぎません。


中絶のための非合法な外科手術を私立の診療所で受けるとなると、4,000~15,000ペソ(9,000~34,000円)の費用がかかります。日本円にするとたいしたことのない金額に思えますが、フィリピンでは数ヶ月分の給料に相当します。貧困層の女性には、とても手が出ない金額です。


そのため、中絶を希望する30%の女性は薬局で買うことのできる細胞傷害治療薬や、教会の前の屋台で売られているハーブを服用します。20%の女性は、ホルモン剤やアスピリン、その他の薬物やアルコールを大量に服用します。


もちろん、これらを服用しても確実に中絶できるはずもありません。


また20%の女性は股関節からのマッサージを受けたり、膣内にカテーテルを挿入します。中絶のためのマッサージはひどい痛みを伴い、極めて残酷です。腹部に荒いストロークを加え、ときには下腹部を刺すことさえあります。


薬やアルコールを買ったりマッサージを受ける余裕もない女性は、断食をしたり、階段からわざと転げ落ちて中絶を試みます。これを何回か繰り返すことで、ほとんどの女性は中絶に成功します。


貧困層の家庭ほど、中絶に至る率は高い傾向にあります。ロイターの取材に対し、なぜ中絶したのかについて、ある女性が答えています。


「罪を感じましたが、生まれてきて食べ物がないために苦しむだけの子供がいるよりも、良いと思ったんです」


 

2-4.深刻な十代の妊娠



http://nytlive.nytimes.com/womenintheworld/2015/09/26/


中絶が禁止されているために、フィリピンでいま大きな問題となっているのが、十代の妊娠が増えていることです。フィリピン統計機構の2014年のデータによると、フィリピンでは1時間ごとに24人の赤ちゃんが、十代の母親から産まれています。


驚くべきことに15歳から19歳のフィリピン人女性の約14%が、現在妊娠中かすでに母親です。ASEANのなかでフィリピンは十代の妊娠率がもっとも高く、国連人口基金によればアジア太平洋地域で唯一、過去20年間で十代の妊娠率が増えている国です。


また、フィリピン統計機構によると10代の妊産婦の死亡が増加しています。2014年には十代の妊婦の10%が死亡したとされています。


こうした原因を中絶の禁止だけに求めることはできませんが、中絶が合法であれば少なくとも十代の妊娠率と10代の妊産婦の死亡者数は、はるかに下がったことでしょう。


中絶の禁止が避妊の禁止にもつながっていることもまた、事態を悪化させています。避妊の禁止については次回、詳しく紹介します。


カトリック教会ではポルノも婚前交渉も禁じています。


しかし現実は異なります。フィリピン社会も日本とたいして変わらないぐらいにポルノなど性に関する情報はあふれています。若者の多くは婚前交渉をもちます。それにもかかわらず、独力ではどうにもできない中絶の禁止だけは厳格に強いられるのです。


女性の人権とカトリックの教えの狭間に、フィリピン女性の背負う悲しみが垣間見えます。


今回は フィリピンとカトリックが推し進める離婚と中絶の禁止についてお話ししていきました。次回は、ドゥテルテを支える「イグレシア・ニ・クリスト」について解説していきます。


 


ドゥテルテ対カトリック


1. 反ドゥテルテを掲げるカトリック。フィリピンとカトリックの関係性とは

https://ceburyugaku.jp/68203/


2. フィリピンとカトリックが推し進める離婚と中絶の禁止

https://ceburyugaku.jp/68212/


3. ドゥテルテを支える「イグレシア・ニ・クリスト」とは

https://ceburyugaku.jp/68216/


4. カトリックがもたらすフィリピン経済 光と闇

https://ceburyugaku.jp/68253/


5. 人口増加はどこまで進む?政府とカトリックの壮絶な戦い

https://ceburyugaku.jp/68258/


執筆: この記事は『俺のセブ島留学』よりドン山本さん執筆の記事からご寄稿いただきました。


寄稿いただいた記事は2018年11月14日時点のものです。


―― やわらかニュースサイト 『ガジェット通信(GetNews)』
情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 【ドゥテルテ対カトリック(2)】 フィリピンとカトリックが推し進める離婚と中絶の禁止(俺のセブ島留学)