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日本全国には、2021年時点で76,699軒のお寺と80,847軒の神社があります(参考:政府統計の総合窓口「e-Stat」/宗教統計調査)。合わせて、実に約16万軒近くもの神社仏閣が日本中に存在する計算です。これは、郵便局や学校どころか、コンビニの数よりも多いと言われています。
しかし、近年はその大半が厳しい経営状況に陥っています。その主な要因は、後継者や人手不足、そして収入に不安があることです。
以下、それぞれについて詳しく解説します。
一般社団法人良いお寺研究会が発表した資料「コロナ感染流行でお寺はどう変容したか」によると、曹洞宗、浄土宗の後継者に関して、次のような調査結果が示されています。
この2つの宗派だけを見ても、半数近くのお寺が、後継者の不在に悩んでいるという現状があるようです。
お寺の後継者問題は、少子高齢化による担い手の不在や、後継者となるべき人材が収入面に不安を感じているということが大きな原因です。
また、同資料によると約7万7,000寺の寺院数のうち、正住寺院(人が住んでいるお寺)数は6万寺程度、空き寺数は1万5,000から1万7,000寺とされています。
しかし、このまま何の対策も施さないでいた場合、2040年には国内の正住寺院数は5万寺以下になるとまで予測されているのです。この傾向は、神社の場合も同様でしょう。
寺社仏閣は後継者や人手不足の中でも継続していけるよう、新たな視点で改革していかざるを得ない時期に来ています。
神社仏閣は、収入面の不安も抱えています。
例えば、全国に約1万寺を持つ浄土真宗本願寺派ですが、有名な宗派であっても、全寺院のうち43%が年収300万円以下と言われています。
この収入面での不安は、担い手不足に陥る要因の1つになっています。また、それだけでなく、神社仏閣の「経営面」に重大な影を落としているのです。
多くのお寺は、お葬式や法事などのお布施料や拝観料・御朱印・お守りの収入だけで、十分な生活をすることができないのです。
神社に関しても同様で、約50%の宮司の年収が300万円未満と言われています。寄付のほか、七五三や厄除けなどのご祈祷料や御朱印、おふだやお守りなどの授与品販売が主な収入源ですが、ご祈祷料は数千円程度、賽銭も数十円ばかりと、さほど大きな収入は見込めません。
特に神社はお寺とは異なり檀家制度がないため、観光客が集まる有名な一部の神社を除いて、収入面の不安はさらに大きいと推測されます。
このように収入面で不安を抱える神社仏閣ですが、施設の維持費などは削ることのできないコストです。
老朽化や天災により破損した建物を修復するのに、数千万円かかるケースもあるようです。
こうした維持費を捻出するために、檀家への案内状や経理事務などの紙の扱いを見直すことによるコストカットや、新たな収入源を確保したりする必要があります。
このように神社仏閣が抱える人手不足や収入不安を解決する手段として期待されるのが、神社仏閣のビジネスモデルをDXすることなのです。
人手不足や収入不安などの経営上の問題を解決するには、DX推進がカギとなります。
業界外の一般の人々からすると、一見「お寺や神社のような伝統的で、厳粛な場にデジタル技術を持ち込むのはふさわしくない」と思うかもしれません。
しかし、当事者である神社仏閣の関係者の立場からすれば、なによりも避けたいのはこれまで守ってきたお寺や神社が継承できなくなることです。
こうした視点に立てば、伝統は大切にしつつも、ある意味で「ビジネス思考」を取り入れて、現在の課題を乗り越えていく必要があります。
実際に、神社仏閣の中には、歴史や伝統を守りつつDX推進に取り組んでいるところが少なくありません。
この章では、こうしたDX推進施策について、事例を交えて解説します。
神社やお寺の事務作業は作業量が多く、その処理には膨大な時間を必要とします。DX推進を行うメリットの1つには、こうした事務作業をデジタル化することで一気に効率化できることが挙げられます。
例えば、お寺の場合は、檀家名簿の整理や経理作業、申請書類作成、書類の郵送作業などの細かな事務作業があり、それらの処理に時間が費やされています。
ほとんどのお寺ではこれらの作業を1〜2名の少人数で行っているため、事務仕事に追われて1日が終わってしまうことも少なくありません。
特に過疎地の寺院の場合は、人手不足により複数のお寺を掛け持ちで管理しなければならないケースもあります。事務作業で膨大な時間を取られてしまえば、根幹である寺社業務そのものに支障を来してしまうこともあるのです。
この状態を解決するためには、デジタル技術を活用することにより、事務作業を効率的に回せるよう取り組むことが求められます。
例えば、従来の紙の書類管理を電子化してクラウド上で管理するような方法です。
京都市東山区にある善立寺では、檀家や顧客のリストをデジタル化し、紙からデジタルへ移行しました。
このデジタル化により、住所一覧を簡単に作成・管理できるようになり、作業時間が大幅に削減されたのです。
デジタル管理されたデータであれば、檀家などの住所変更があった場合でもデータ上ですぐに修正ができ、書類などの発送時にも反映されます。いちいち手作業でデータの更新を行っていた場合に比べて、圧倒的な作業の効率化に繋がりました。
コロナ禍においては、これまでのような大きな葬儀が執り行われる機会は急激に少なくなりました。
実際に、身内の方がお亡くなりになった際に、家族や親族だけのひっそりとした葬儀を選択したという方もいらっしゃるでしょう。
あるお寺では、新型コロナウイルス発生時に、お葬式の参列者が10分の1に減少したと報告されています。
現在では、ワクチンの接種が広まり、また現場レベルでも施設の換気などの対策方法が確立されてきたため、徐々にコロナ前の状態に戻ってきているとはいえ、また感染が拡大すれば、参列を見送る人が出てくる可能性も否定できません。
ご遺族が望んで家族や親族だけでの式を選択したのであればまだしも、感染症などの影響で故人との最後のお別れの機会を諦めなければならないというのは、誰にとっても悲しいことです。
また、不謹慎ではありますが、参列者が減ってしまうということは、すなわちお寺にとっても経営面で厳しくなってしまうという状況があります。
お葬式にかかる総費用の全国平均は約119万1,900円(参考:第4回お葬式に関する全国調査2020年/株式会社鎌倉新書)とのことですが、参列者が少なければ葬儀の規模も小さくなり、かける費用も当然縮小することが予想されます。
お寺の収入が減少し経営的に打撃を受けてしまうのはもちろんですが、なにより故人の葬式に近しい人たちが参列できないというのは、お寺としても不本意でしょう。
この状況を打破できる可能性を持っているのが、DXによる改革なのです。
これを解決する施策の1つとして、葬儀をデジタル化してリアルに参列せずに済む仕組みを考えた事例があります。
それが、神奈川県葉山町にある高野山真言宗 仙光院の葬儀のオンライン配信サービスです。
このサービスは、コロナ禍の外出制限を機に始まりました。
「コロナの感染を気にする人」「遠方のため参列できない人」「持病を抱えている人」のために、所属する住職が考えたサービスです。
35,000円のお布施料を振り込むことにより、パソコンやスマートフォンで約40分のオンライン配信サービスが受けられる仕組みとなっています。
このサービスでは、希望者には、四十九日(亡くなってから四十九日目)までは、無料で葬儀を見られるようになっているのも大きな特徴です。
この事例は、地理的・時間的な問題があり葬儀に参列したくてもできない人の希望を叶えるとともに、お寺がもしもの時に収入を得る新しいビジネススタイルとして、新たな可能性を示す画期的なアイデアと言えるのではないでしょうか。
「後継者は近親者で」という保守的な考えにとらわれ続けていては、なかなか後継者不足の問題は、解消しそうにありません。
歴史や伝統を継承していくために、近親者に託したいという想いはあるとしても、時代の変化に合わせて、外部の人材を募るような柔軟な姿勢が大切なのかもしれません。
DXの視点に立てば、従来の常識にとらわれず、企業理念やビジョン、これまでのビジネスモデルそのものを変革していく意識も重要なのです。
何よりも大切なのは、これまで守ってきた神社仏閣を次の世代に継承していくことでしょう。
近ごろは後継者を募集するマッチングサイトもあり、問題解決の糸口に利用している事業者も多く見られるようになりました。
例えば、株式会社ライトライトが運営する「relay」は、事業継承マッチングプラットフォームとして、後継者不足で悩む事業者と個人および法人を結びつけるサービスを提供しています。
仕組みは次の通りです。
このサービスを実際に利用しているお寺もあります。
お寺の後継者を募る住職のインタビューを例に挙げると、「お寺の紹介」「仕事内容」「募集の経緯」などが、単なる募集案件のような簡易なものではなく、普段の生活や住職のお寺に対する想いなども掲載されていて、より深くそのお寺の事業に関して理解する助けになっているようです。
記事内では、お寺の様子や住職の人柄に触れられることから、寺社仏閣にこれまで縁のなかった人にも広くアピールするきっかけとなっており、後継者不足に悩む神社仏閣の問題解決に一役買っています。
近年、神社仏閣を狙った盗難事件が増えています。
夜間を狙った賽銭泥棒による賽銭箱の盗難、仏像や美術品の盗難、事務室に保管されている金庫などの盗難事件です。
2022年には、関東の寺院で相次ぐ窃盗被害が発生し、被害総額は約2億円と報じられていました。
お寺の手薄な防犯対策や、事務所に檀家の寄付やお布施などのまとまった現金が保管されていることを知っての犯行です。
こうした被害を受けることで、経営難のお寺や神社はさらなる打撃を受けかねません。また、金額にかかわらず、大切なお賽銭や檀家のお布施が盗まれるということは、許されないことでしょう。
そこで近年では、盗難防止対策にAI(人工知能)カメラやloT(インターネットの接続)カメラなどのデジタル技術を活用する方法が開発されています。
AIを利用したシステムは、人工知能をシステムに組み込んだAIカメラで、複数のデータから様々な識別方法を学習し、不審者を特定します。AIカメラの分析力を利用しているためマスクの上からでも、顔認証が可能になっています。さらに、不審者の行動パターンを予測して防犯することまで出来るようになっているのです。
loTカメラは、スマートフォンやタブレットを用いて遠隔で監視できるカメラを使用しており、専用のアプリを使って境内の様子を監視。侵入があったときには、スマートフォンなどに警報を送ります。
人感センサー付きのものなら、不審者を検知したときだけ映像やデータを記録してくれるため、人間が24時間監視し続ける必要がありません。
このようなシステムを導入することで、賽銭泥棒などの防止や犯人の特定に役立ちます。さらに、一度導入してしまえば、警備員を雇う必要もありませんので、余計な人件費が発生してしまうこともありません。
神社仏閣の歴史と伝統はこれからも引き継がれていくべきものです。しかし、これまでのやり方にこだわってばかりいては、時代に取り残されてしまいかねません。
人々の生活が変化する中、ただ同じやり方を続けていくだけでは、緩やかに衰退していくことは避けられないかもしれないのです。
ビジネスとは根本的に異なる場とはいえ、これから先のデジタル社会を生き抜くためには、神社仏閣に従事する住職や神主であっても、「経営者」の視点を持つ必要があるでしょう。
時代の流れに合わせた思考を常にアップデートしておくことは、大切なお寺や神社を次の世代に継承していくために必要なものなのです。
例えば、先述した善立寺では、お寺向けITイベント「テクテク」を開催しています。このイベントは、毎回テーマごとにIT企業の担当者を招き、会計ソフトやWebサイトの作成方法を学ぶセミナーです。
セミナーのあとにはワークショップ(参加者同士の学びの場)を開き、お寺の課題を話し合う機会も設けられています。
同寺の試みは、自分たちが現在抱える人材不足や収入不安などの課題を明らかにし、改善策を考えるきっかけになるはずです。
こうした積極的なデジタルファーストへの意識改革や、「ビジネス」的な思考も取り入れて、これまでのやり方をアップデートしていくことは神社仏閣にとっても重要です。
伝統ある業界を守り、高度にデジタル化される社会の中にあっても持続していくためには、デジタルの活用を検討することは必要です。
しかし、何よりもお寺や神社の「経営」に関わる人々が、伝統を守りつつも、新たな挑戦をしていこうという意識を持つことこそが、DX推進を行うための強力な推進剤だと言って良いでしょう。
寺社仏閣が抱える課題や問題点をデジタルで解決する方法について、事例を交えつつ解説してきました。
お寺や神社にくすぶり続ける「深刻な後継者・人手不足」や「収入不安」は、神社仏閣の継続に大きな影を落としています。
自分たちのお寺や神社を存続させるためには、今までのやりかたとは大きく異なる方法を取っていかなければならないでしょう。その助けとなるのが、DX推進なのです。
事務作業のデジタル化による業務の効率化や、オンライン葬儀、後継者マッチングサイトなどの新たなサービスの導入により、神社仏閣のDXを進めることが、デジタル時代に持続可能な神社仏閣を作ることになるでしょう。
さらに、時代の流れに合わせて、常に思考をアップデートすることも大切です。
もちろんこの考え方は、寺社仏閣に限らず、一般企業でも必要な感覚です。ぜひとも本記事で紹介した事例を参考に、貴社のビジネスに活かせる部分を探してみてください。
次回後編では、お寺や神社の本来の役割「人の心」とデジタルを融合させた神社仏閣のDXについて考えていきます。
The post 【神社仏閣のDX/前編】お寺や神社の運営をデジタルの力で改革 first appeared on DXportal.