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日本酒造りは単なる製造業ではありません。長年受け継がれてきた伝統的な技術と、杜氏の経験と勘に基づく職人技の結晶です。
杜氏とは、原料の選定から最終的な味わいの調整まで、酒造りに関する一連の工程を総合的に管理する重要な役割を担う日本酒造りの総責任者を指しています。
その職人技は「暗黙知」とも呼ばれ、言葉で説明するのが難しい、経験に裏打ちされた感覚や判断力に依拠しています。
例えば、伝統的な製法である「生酛(きもと)」は、天然の乳酸菌を活用する手法であるため、マニュアル化することは不可能であり、狙った味を引き出すためには杜氏の熟練した技が不可欠です。
こうした技は杜氏の長年の経験の蓄積から生まれるものであり、日本酒の品質を左右する重要な要素となっています。
年によって異なる酒米や酵母などの原料、天候や湿度などの自然を相手にしながら、「最高の酒」を生み出す杜氏の職人技は、もはや芸術の域とも言えるでしょう。
つまり、日本酒は画一化された手法で常に同じ品質を生産し続けることが極めて困難であり、また同時にその困難さこそが日本酒の魅力の一つを形作っているのです。
その一方で、日本酒造りも他の多くの業界と同じような人材不足などの課題に直面しており、DX推進は待ったなしの状態です。
日本酒造りでDXを推進する際には、杜氏の想いと技を理解し、尊重することが大切です。
単にやみくもにデジタル化を進めるだけでは、杜氏の技の継承を妨げ、また日本酒の魅力を減少させてしまう可能性も否めません。
伝統的な製法の本質を見極め、それを活かす形でテクノロジーを取り入れていくことが大切なのです。
杜氏の経験に基づく意思決定を最大限に活用しつつ、IoTやAIといった最新技術でそれを補完し、より高品質な日本酒の安定生産につなげていくことが求められていると言って良いでしょう。
日本酒業界は現在、大きな転換期を迎えていると言って良いでしょう。長年培われてきた伝統と技術を守りつつ、新たな時代の要請に応えていくことが求められています。
しかし、その道のりは決して平坦ではありません。多くの蔵元では後継者の不足や経営難など、様々な困難に直面しているのが現状です。
特に、後継者不足による廃業の増加は、業界全体の喫緊の課題となっています。
本章では、日本酒業界が直面するこれらの課題について詳しく分析していきます。
日本酒の消費量は長期的に減少傾向にあり、特に国内市場での需要減少が顕著です。
この需要減少が酒蔵の経営を圧迫し、廃業に追い込まれるケースも増えています。
また、コロナ禍で飲食店が大打撃を受け日本酒の需要が激減したことに端を発した一升瓶の不足(飲食店を中心に一升瓶の使用比率は年々下がり、一升瓶の供給自体が困難になっている)など、業界全体を襲う課題も浮上しています。
まずは、日本酒の需要創出と収益力強化が喫緊の課題となっていると言って良いでしょう。
日本酒造りには高度な技術やノウハウが必要ですが、後継者不足により、その継承が困難になっています。
杜氏の高齢化と後継者問題は業界全体の課題であり、この伝統文化が失われないためにも、技術継承の仕組みづくりは急務です。
現在はM&Aによる再編も進んでいますが、根本的な解決にはより効果的・効率的に技術を伝えていける仕組みを作ることが欠かせません。
日本酒業界が直面する様々な課題に対し、DXによる解決の可能性が注目されています。
コロナ禍を契機に、日本酒業界でもDXへの関心が高まっており、生産性向上と後継者難という中小企業の二つの問題を一気に解決する革新的なモデルの創出が期待されているのです。
すでに伝統産業とITを掛け合わせ、酒造りの繊細なデータを見える化し、味を守りながら技能を受け継ぐ取り組みが進められています。
本章では、DXがもたらす課題解決の可能性について、事例を交えながら探っていきます。
スマートファクトリーとは、AIやIoT(モノのインターネット)などのデジタル技術を活用して、製造現場の業務プロセスを変革し、品質管理と効率化を実現する工場のことを指しています。
工場内の設備とIoTが相互接続され、製造ラインの動向や機器の稼働状況をリアルタイムで管理できることは、スマートファクトリー化する大きなメリットでしょう。
スマートファクトリー化は、データとデジタル技術を活用した品質管理と効率化を実現し、日本酒業界に限らず製造業のDXを大きく前進させる鍵となっています。
以下、スマートファクトリー化のポイントを解説します。
スマートファクトリーでは、製造物の品質や生産性の改善、製造コストの削減などを実現するために、工場のさまざまな工程を自動化し、データを活用した業務管理を行います。
デジタルデータをもとに業務プロセスを改善することで、高品質な製品の低コスト生産が可能になります。
スマートファクトリーでは、受発注や生産管理などのサプライチェーン、研究開発・商品企画のエンジニアリングチェーン、製造の現場まで、一気通貫でデジタル化が進められます。
蓄積した知見・ノウハウや、構築したモデルによる将来予測をもとに最適化を図ることで、製造プロセスの継続的な改善と品質・生産性の向上を実現できるのです。
スマート工場化により、作業工程の自動化や製造の品質管理の高度化が進み、高品質な製品を低コストで生産できるようになります。
また、問題の早期発見と迅速な対応が可能となり、不良品の削減にも繋がることからもコストの大幅な削減が進むのです。
製造業におけるDXでは、熟練技術者の経験や知識、勘といった暗黙知をデジタル化し、効率的に継承していくことが重要な課題となっています。
そのためには、次のような取り組みが求められるでしょう。
熟練技術者の技能や知識は属人化していることが多く、それが技術継承の障壁となっています。
デジタル技術を活用し、これらの技能や知識を可視化・言語化することで、業務の標準化を進め、属人化を防止することが可能となります。
技術や技能、暗黙知を見える化することで、後継者が学びやすい環境を整備できます。
また、AIを活用することで、熟練技術者の知識やノウハウをシステムに蓄積し、新人作業者の教育に活用することも可能です。
これにより、技術伝承の効率化と人材育成の加速が期待できます。
熟練技術のデジタル化と継承により、少ない人数でも高度な技能を維持・発展させることが可能となります。
また、AIによる自動化や効率化によって属人化を解消し、短期間で人材を育成することは、人手不足の解消と業務の効率化の同時実現にも繋がるでしょう。
これは、日本酒業界のみならず、高齢化が進む製造業において重要な課題となっているのです。
IoTシステムを導入することで、日本酒製造工程におけるセンシングデータの収集・分析・活用が可能になります。
それによって期待できる効果は、次のようなものです。
IoTシステム内でセンサーを用いて様々な情報を見える化することを、一般的にセンシング技術と呼びますが、日本酒業界でもIoTセンサーを用いることで、発酵タンク内の温度や湿度、CO2濃度などを計測し、リアルタイムで可視化することができます。
これにより、杜氏や蔵人の経験や勘に頼っていた製造工程の一部を、データに基づいて定量的に評価・管理することが可能になるでしょう。
IoTカメラやセンサーを活用し、クラウドサーバーを介して遠隔地からでも醸造中のもろみの温度管理を行うことができます。
これにより、杜氏や蔵人の業務効率化と負担軽減が図れ、労働環境の緩和も期待できるでしょう。
日本酒の製造現場でAIプラットフォームを活用することは、熟練技能の継承や業務効率化、新たな価値創出を可能とする試みです。
現場の知見とデジタル技術を融合させイノベーションを起こしていくことは、今後の日本酒業界の未来を方向づけるでしょう。
杜氏をはじめとする熟練技術者の技能の継承は、日本酒業界生き残りの鍵です。そしてこれは、AIプラットフォームを活用することで解決できる可能性があります。
製造現場から提供されたデータを学習したAIを、酒造りの微妙な調整に活用することで、熟練技能者の技能を模倣することができます。
これにより、属人的な技能への依存度を減らし、品質の安定化や効率化を図ることができるようになるでしょう。
さらに、製造現場の人が自らAIを作成・活用できるプラットフォームを提供することができれば、現場主導でのDXが促進されます。
DXはトップダウンで進めることが多いですが、現場スタッフの知識とスキルも欠かすことはできません。
現場のニーズに合わせたAIの開発と運用により、業務の効率化や品質向上が期待できるのです。
蔵元によっては、販売店舗や商品販売の機能をもたせたホームページなどを持っていることも少なくないでしょう。
この時、AIを活用してサービスの利便性と機能を進化させるなどすれば、デジタルを活用した既存ビジネスの変革を図ることができます。
エンドユーザーに寄り添ったサービス提供ができれば、顧客満足度の向上と新たな価値創出が可能になるでしょう。
日本酒業界が直面する構造的な課題を解決するには、伝統を守りつつ、新たな発想で変革を進めていくことが求められます。
例えば、新しい価値を提供するための真空技術の活用や、DXによる革新的な再成長モデルの構築など、テクノロジーを活用した取り組みが注目されています。
また、新たな日本酒の開発など、商品面でのイノベーションも重要です。業界の転換期を乗り越えるには、伝統と革新のバランスが鍵を握ると言えるでしょう。
日本酒業界では、伝統的な製法や技術を守りつつ、DXを推進する動きが活発化しています。
老舗蔵元が人事DXに着手し、海外市場拡大や事業多角化に備えている事例や、IoTを活用して蔵人不足に対応している事例など、各地の酒蔵がDXに挑戦しているのです。
そこで本章では、こうした日本酒業界におけるDXの先進事例をいくつか紹介していきます。
山口県岩国市に拠点を構える、「獺祭」を製造する旭酒造では、杜氏や蔵人の不在という危機的状況の中、IoT技術やAIなどの最新テクノロジーを活用し、データに基づいた酒造りを実現しました。
1990年代の半ば、杜氏や蔵人がいなくなり経営が振るわなかった頃に、社員だけで製造工程のすべてを担う内製型酒造りに切り替えようと考え、データ活用による日本酒造りをはじめたのです。
杜氏の経験と勘だけに頼っていた酒造りを見直して、タンク内の温度や麹を作るときの時間や温度経過などを計測して、すべてそのデータを見ながら生産する仕組みを先駆的に作り上げました。
これにより、経験の少ない人材でも0.1度単位、秒レベルの調整が可能となった結果、「幻の日本酒」と呼ばれるほど高品質な日本酒を安定的に供給できるようになったのです。
全国新酒鑑評会では金賞受賞の常連蔵である、北海道旭川市に居を構える高砂酒造では、NECグループの提供するデータ分析クラウドサービスを導入して、酒造りの工程を可視化しました。
NECグループが提供する「清酒もろみ分析クラウドサービス」は、酒造りの工程のデータをデジタルで見える化するシステムです。データを見える化するシステム自体は珍しくありませんが、NECグループのシステムの特徴は「酒蔵の現場の意見を聞きながらシステムを作る」ことにあります。
ただ単に、酒造りのポイントを数値化するだけでなく、現場の動きをなるべく変えないように、タブレット入力のフォーマットなどの分かりやすさにこだわって作られているのです。
これにより、現場の酒造り担当者が今までの作業をほとんど変更することなく、過去の成功例データを参照しながら、品質の高い日本酒を安定的に製造することが可能になりました。
創業150年以上の歴史を持つ、神奈川県の老舗蔵元・金井酒造店は、生産性向上と後継者不足という中小企業の二つの問題に直面していました。そこで、同社はDXを強みとする中小企業特化型ファンドとのM&Aを通じて、これらの問題の解決に乗り出したのです。
このファンドは、DXを推進することで中小企業の企業価値を高め、次の経営者に引き継ぐという手法を用いています。
金井酒造店の場合、ファンドが経営に参画することで、DXの専門知識とリソースを活用した改革を短期間で実行することができました。
その結果、業務のデジタル化や自動化、データ分析に基づく意思決定などを導入し、生産性と品質の向上を実現。さらに、若手人材の登用や外部人材の招聘により、後継者問題の解消にも取り組み、同社はわずか数年でV字回復を果たし、持続的な成長軌道に乗ることができたのです。
芋焼酎「魔界への誘い」を筆頭に、清酒や焼酎など豊富なラインナップを揃える光武酒造場では、製造、業務、営業の3部門でDXを同時に進めることで、部署間の連携をスムーズにしました。
製造部門では、データに基づいた品質管理と安定生産を実現するという他の蔵と類似する取り組みを行っていますが、さらに他の部門のDXと掛け合わせることで、業務効率化と品質向上を両立させたのです。
例えば、製造部門だけでなく、業務部門(事務作業など)や営業部門も含めた全部門が、それまでは別々のソフトを使っていたものを、同じソフトに統一しクラウド管理することにより、システム化・統合し一元管理できるようにしました。
日本酒業界をDXするといっても、なにも製造工程をデジタル化することだけがすべてではありません。
バックオフィスを含めた企業としてのシステムすべてを統合してDXすることで、効率化や生産性は爆発的に進化し、そこから新しい価値が創出されるというDXの真髄に迫る好例ではないでしょうか。
「宮寒梅」を製造する宮城県の寒梅酒造は、大正7年から続く酒造メーカーです。同蔵では、IoTデバイスを活用した日本酒製造の実証実験を行いました。
もろみの温度管理にIoTデバイスを導入し、クラウド上でデータを一元管理することにより、リアルタイムでの状態把握と分析で杜氏の意思決定をサポート。さらには蓄積したデータを次世代に伝承することで、品質の安定化と向上を図ったのです。
これにより、熟練した杜氏の勘と経験に頼っていた従来の製造方法から、データに基づいた意思決定が可能になりました。
また、得られたデータを分析することで、品質のばらつきを抑え、安定した品質の日本酒を提供できるようになったといいます。
同蔵では、IoTを活用することで、日本酒製造の業務効率化と品質向上の両立が可能になり、伝統的な技術を守りつつ、革新的な取り組みが進められています。
日本酒業界の持続的な発展のためには、伝統と革新のバランスを取ることが重要です。そして、その鍵を握るのがDXと言って良いでしょう。
ただし、日本酒業界のような伝統文化を継承する業界においては、ただやみくもに効率化のためにデジタル化を行えばよいというわけではありません。
とはいえ、慢性的な人手不足と後継者不在の状況で持続可能な蔵の経営を行うためには、デジタル化をはじめとするDX推進も必須でしょう。
こうした相反する課題を解決していくには、デジタル人材の育成や異業種連携を進めながら、DXを通じて新たな価値創造と課題解決を実現していくことが求められます。
伝統を守りつつ、DXによるデジタル化の波を取り込んでいくこと。そして、そこから新たな酒蔵の形を生み出し、新時代のビジネスモデルへと変革していくことが、日本酒業界の未来を切り拓いていくのです。
The post 【日本酒×DX】酒造メーカーのデジタルトランスフォーメーション最前線 first appeared on DXportal.