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本連載を締めくくるテーマは、サプライチェーンマネジメント(SCM)と経営管理との連携とも言える、S&OP(Sales and Operations Planning)です。S&OPプロセスを導入する日本企業は増加傾向にありますが、これはSCMの進化ではなく、古くからSCMの一要素として位置づけられてきた概念1です。最終回はこのS&OPの基本フレームと、それがデータサイエンスとの掛け合わせでどのように新たな価値を生み出すことが期待されているのかを紹介します。
S&OPの歴史は古く、1980年代に米国で提唱されたと言われますが、MP&C(Manufacturing Planning &Control)という一製造業における調達、生産、物流といったモノの流れを制御するしくみの一要素として定義されています。具体的には、製品ファミリーやカテゴリなど、ある程度大きな物的単位での需要予測に対し、調達や生産などのキャパシティの中長期的な過不足を確認し(リソースプランニング)、対策を考えるプロセスです。
例えば、
・この先の2年間で特定の生産ラインが逼迫するから、もう1本追加しよう
・ある原材料の必要量が契約を大幅に超えるマーケティングプランを踏まえて、別のサプライヤーも探そう
といった意思決定が行われます。この際、投資対効果も考慮する必要があり、数量だけでなく、金額ベースでの議論も必要になります。
つまり、数ヶ月先の数量ベースの生産、調達計画を立案するための需給調整とは異なることがわかります。
このS&OPはサプライチェーンに関する中長期的な意思決定を支援するプロセスと言えますが、顧客サービス指標や在庫などの資本コストを5〜20%程度改善できる2と示されています。ただし、SCM部門だけでなく、営業、マーケティング、経営管理、経営層なども関わる数年先までをスコープとするしくみのため、運用を定着させ、成果を出すためには5年以上の時間がかかるとも言われています3。
また、S&OPが目指すのは在庫削減やサービス率の向上だけでなく、より上位のROICやROEの向上、マーケットシェアの拡大です4。もちろんこれには外部環境の影響も大きく、S&OPだけで目指せるものではありません。そのため、短期的にS&OPの定量的な効果を示すことは簡単ではなく、需給に関するネガティブなサプライズを減らすという目的で関係者を巻き込んでいくのが有効です。
ネガティブなサプライズを減らすというのはリスクマネジメントであり、需給バランスは事業に大きな影響を及ぼすため、経営管理部門や経営層もS&OPを有効活用すべきと言えます。
サプライチェーンの全域には経営の舵取りのために重要な情報が散在していて、特にサプライヤーとカスタマー(顧客)、両サイドからの情報がビジネスリスクの早期察知に重要になります。つまりS&OPの目的を従来からの中長期的な需給バランスの整合だけに限定するのでなく、事業リスクのマネジメントまで広げていくのが競争力を生むと考えています。
S&OPの先にリスクマネジメントを目指すというのは、海外でも提唱され始めています5。しかしそこでは、各領域の有識者頼みのプロセスが挙げられています。予測AI、さらに生成AI6の実務活用が広がる中で、筆者はデータサイエンティストと共に、S&OPの進化にデータサイエンスを駆使しようと試行錯誤しています。
具体的には、
・ AIによる類似性判断を組み合わせた、解釈性の高い新商品需要予測
・ 有識者の切り口7やビジュアライゼーションを学習した、生成AIによる予測誤差分析
・ 過去の有識者による意思決定を再現する、納得感を重視した供給計画最適化
などのアイデアがあり、S&OPをデータサイエンスで進化させる要素として特許出願を進めています。
筆者は、サプライチェーンの各所からの需給情報の収集と統合的な分析、さらにはそこからの示唆の発信を「需給インテリジェンス8」と名付け、これからのS&OP進化におけるキーワードとして提唱しました9。
ここで経営にとって有益な示唆を発信するためには分析を極める10必要があり、高度なデータサイエンスを積極的に取り入れていくのが良いと考えているのです。
結果として目指すことになるのが、グローバルサプライチェーンのデジタルツイン11です。これは需要予測や在庫・発注計画、供給アロケーションなど、様々な機能を強化する意思決定支援エンジンを組み合わせ、SCMのアクションをシミュレーションできるようにしたものです。
ここにS&OP観点でファイナンスのモデルも組み込み、財務指標への影響も確認できるようにします。そのため、S&OPはいずれ、FP&Aと融合とまではいかなくても、かなり密接に連携すべき位置づけになっていくと想定しています。そしてこのデジタルツインを支えるのは、サプライチェーン全域(End to End)から入手できる需給情報のデータベースです12。この具体的なデータは各業界のSCMプロフェッショナルが想定すべきです。
SCMが先行する北米の研究でも、まだこの領域は属人的なプロセスを想定しています。本連載を読まれた日本のSCMプロフェッショナルのみなさまは、これをきっかけにデータサイエンスによるSCMの進化を考えていただき、「需要予測相談ルーム13」などでディスカッションできるのを楽しみにしています。
著者プロフィール
山口 雄大 (やまぐち ゆうだい)
青山学院大学グローバル・ビジネス研究所研究員、NEC需要予測エヴァンジェリスト。化粧品メーカーのデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師(SCM)を経て現職。他、JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師や企業の需要予測アドバイザーなどを担い、さまざまな大学でSCMの講義も実施している。Journal of Business Forecastingなどで研究論文を発表。需要予測やSCMをテーマとした著書多数。
著書
『サプライチェーンの計画と分析』(日本実業出版社)
『すごい需要予測』(PHPビジネス新書)
『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)
『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)
など。
需給インテリジェンスで意思決定を進化させる サプライチェーンの計画と分析
出版社:日本実業出版社
発売:2024年8月23日
<内容紹介>
本書は、サプライチェーンマネジメント(SCM)とデータサイエンスの融合に焦点を当て、「需給インテリジェンス」の重要性を解説します。著者は、グローバル企業での実務と大学での教育を通じて得た知見を基に、需給情報の収集・分析の手法を紹介。市場のグローバル化や不確実性が増す中で、データドリブンな需要予測が企業の競争力向上に不可欠であると強調しています。各項目の難易度を5段階で示し、実務家や経営者向けに実用的な内容を提供することを目的とした入門書でもあります。
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