本連載では、企業から顧客への価値提供の接点と体験をデザインするSCMの基礎と、データサイエンスによる進化を取り上げています。今回はSCM1のトリガーである需要予測にフォーカスします。需要予測とは、顧客がいつ、何をどれくらい必要とするかを予測する取り組みで、予測結果に基づいて調達や生産、物流、販売といったサプライチェーンを構成する各種機能を準備します。そのため予測精度に目が向きがちになります。しかし、需要予測の本質は予測を当てることではありません。ここでは需要予測の本質について考えます。

需要予測の古典的な役割

未来の需要は、過去の販売や出荷のデータを基に予測するのが一般的です。具体的には次のような情報を用いることが少なくありません。
・直近までの市場トレンド
・過去の季節性
・過去と未来のマーケティング施策(競合含む)

これを基に、企業は自社商品の提供に必要な原材料・部品の調達や生産、全国やグローバルに流通させるための物流、さらにはそれらの実行に関わる人員や設備の稼働を計画します。

そのため、需要予測が大きくはずれると、必要な商品や設備が用意できなかったり、逆にすぐには不要な在庫、過剰な人員を用意してしまったりといった非効率が発生し、売上や利益にマイナスの影響を与えてしまいます。

需要予測は近い未来ほど精度が高くなる傾向があるため、調達や生産のアジリティを高めて、近未来の需要予測を活用していくといった方針を採用している企業もあります。つまり従来は、サプライチェーンのパフォーマンスを高めるために、「需要予測の高度化による精度向上」と「調達や生産など、供給のリードタイム短縮」の2つを目指していく企業が多かった印象です。

しかし近年のVUCA2な環境下、そして技術進歩を踏まえると、少し発想を変えるべき時期にきていると感じています。

未来を変える予測

SCM高度化の発想を広げるために、未来予測について2種類3紹介します。

例えば渋滞や停電、災害(土砂災害、洪水など)などの予測は、みなさんも時々目にすると思います。こうした予測を確認した後、どんな行動をとるでしょうか。

実はこの種の未来予測では、それを踏まえた行動の変化が期待されています。目的地や出発時間の変更、節電、災害への対策などです。こうした新たな行動の結果、渋滞や停電、被災の程度は軽減される可能性が高く、予測ははずれることになります。

しかし、こうした未来予測は無意味かというとむしろ逆であり、社会的な価値を生み出したと評価することができます。つまり、この予測は「未来を変える予測」と言えます。

もう1種類の予測としては、気象や地震が挙げられます。これも予測を知った人たちが行動を変える可能性はあるものの(傘を持って出かけるなど)、それによって気象や地震の発生が影響を受けることはありません。  後者の「受け入れるしかない予測」では精度が特に重要です。一方、前者の「未来を変える予測」では、センスメイキングがより重要になります。

図:2種類の未来予測

行動をドライブするセンスメイキング

センスメイキングとは、腹落ち感、納得感といったイメージで、不確実性が高い環境下においても人の行動をドライブするもの4です。正解が明確でなくても、この方向に進むべきだとセンスメイキングできれば、勇気を持って行動を開始することができます。

「未来を変える予測」ではこのセンスメイキングが重要になると筆者は考えています。

ビジネスにおける需要予測には、「未来を変える予測」の側面があります。最新の情報に基づいた需要予測と企業の売上目標(予算)にギャップがあれば、それを埋めようとマーケティングや営業、財務などの活動を考え直します。

もちろん明日あさってなど、すぐ先の未来の需要を大きく変化させることは難しいでしょう。しかし、先の未来になるほど新しい行動の選択肢は増え、需要を動かせる可能性も高くなります。

ここで新たな行動をドライブするのが需要予測によるセンスメイキングであり、より具体的には、次の3つに目を向けるべきと考えます5
・想定している需要の因果関係の納得感
・需要予測の根拠の透明性、分かりやすさ
・選択できるアクションへの期待感

デマンドプランナーのミッション

ただし、需要の因果関係を想定し、それを予測モデルとして整理し、予測結果をわかりやすく関係者に説明するとともに、企業の売上・利益目標達成のためのアクション検討をファシリテートするには、相当の知識やスキルが必要になります。そのため、需要予測を専門的に担うデマンドプランナーを認定し、組織として育成していくことが有効です。

ビジネスにおける需要予測では、以下の原則を自社の業務や商品の設計などに合わせて整理する必要があります。
・物的単位(商品別やカテゴリーごとなど)
・空間粒度・地理的範囲(グローバル全体や国別、販売チャネル別など)
・時間範囲(どれくらい先まで)
・時間粒度(月や週、日など)

さらにこれらは例えば、半年先の原材料の調達と日々の物流で必要な粒度は異なり、需要予測を適宜、分解、集計、整合させることも必要になります。

需要予測の原則(forecasting principle)や各種予測モデルの詳細については参考文献6をご参照ください。

図:さまざまな需要予測と各種オペレーション

予測のロジックを整理したものは予測モデルと呼ばれますが、主に以下の種類があります。
・時系列モデル(過去の水準やトレンド、季節性を分析)
・因果モデル(需要の因果関係を分析)
・判断的モデル(有識者の暗黙知を有効活用)

近年ではAIなどの技術進歩によって、これらを組み合わせたような予測モデルも考案されています7。先述の予測の原則や、商材の特徴などによって適するモデルは異なるため、デマンドプランナーにはさまざまな予測モデルの特徴を知り、うまく使い分けられるスキルも求められます。

ビジネスの意思決定の場では、必ずしもプログラムや数式の詳細な説明が必要なわけではありません。しかし、なぜその需要予測になっているかを、グラフや図も使いながら、わかりやすく説明することが求められます。

さらに近年では、データサイエンスによってSCMにおける意思決定の質とスピードを高めることが有効8になっていて、統計学の基礎知識だけでなく、分析環境やその利用方法、モデリングやシミュレーションのスキル、代表的な予測アルゴリズムに関する知識なども学ぶデマンドプランナーが増えています。

そしてこれからは、需要予測を自身の業務に活用するさまざまな職種にも、データサイエンスの基礎リテラシーが求められるようになると考えています。英語と並んで、ビジネスパーソンのベース知識と認識される日も遠くないでしょう。


著者プロフィール

山口 雄大 (やまぐち ゆうだい)

青山学院大学グローバル・ビジネス研究所研究員、NEC需要予測エヴァンジェリスト。化粧品メーカーのデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師(SCM)を経て現職。他、JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師や企業の需要予測アドバイザーなどを担い、さまざまな大学でSCMの講義も実施している。Journal of Business Forecastingなどで研究論文を発表。需要予測やSCMをテーマとした著書多数。

著書
①2018年2月 (日本実業出版社)
『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』
②2018年9月 (光文社新書)
『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術 実践・ビジネス需要予測』
③2021年9月 (日本評論社)
『需要予測の戦略的活用』
④2021年9月 (共著・ダイヤモンド社)
『全図解 メーカーの仕事』
⑤2021年11月 (日本実業出版社)
『新版 この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』
⑥2022年2月 (PHPビジネス新書)
『すごい需要予測』
⑦2023年7月 (商周出版) *台湾での出版
『驚人的AI需求預測』
⑧2023年7月 (共著・日本評論社)
『企業の戦略実現力』
⑨2024年8月 (日本実業出版社)
『サプライチェーンの計画と分析』


需給インテリジェンスで意思決定を進化させる サプライチェーンの計画と分析 

出版社:日本実業出版社
発売:2024年8月23日

<内容紹介>
本書は、サプライチェーンマネジメント(SCM)とデータサイエンスの融合に焦点を当て、「需給インテリジェンス」の重要性を解説します。著者は、グローバル企業での実務と大学での教育を通じて得た知見を基に、需給情報の収集・分析の手法を紹介。市場のグローバル化や不確実性が増す中で、データドリブンな需要予測が企業の競争力向上に不可欠であると強調しています。各項目の難易度を5段階で示し、実務家や経営者向けに実用的な内容を提供することを目的とした入門書でもあります。

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ヨドバシ・ドット・コム

  1. 第2回 メーカーのサプライチェーンにおける意思決定をざっくり理解する| DXマガジン(dxmagazine.jp)
  2. Volatile, Uncertain, Complex, Ambiguous
  3. Mark Lawless. “Going Beyond the Demand Plan- Business Forecasting for Strategy Development”. Journal of Business Forecasting, Winter 2022-2023, pp.30-33.
  4. Karl E. Weick, Kathleen M. Sutcliffe, David Obstfeld. Organizing and the Process of Sensemaking. Organization Science. 16(4):pp.409-421. 2005.
  5. 山口 雄大 | 著者ページ | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)
  6. 山口雄大.『新版 この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』.日本実業出版社.2021.
  7. データサイエンスではない実務家でも知っておくべき需要予測のAIモデルについては以下の番組の第6回をご視聴ください(MyNECへの登録が必要)。
    山口雄大の需要予測サロン「デマサロ!」: 需要予測相談ルーム | NEC
  8. SCMの意思決定がデータサイエンスでどう進化し始めているかについて解説している動画を公開中です(登録不要)。
    【アーカイブ配信】山口雄大の需要予測トーク!15分でわかる「競争力を生み出すSCMデータサイエンス」: 需要予測相談ルーム | NEC
情報提供元: DXマガジン_テクノロジー
記事名:「 需要予測の本質【サプライチェーンのデータ革命 Vol.4】