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脳の中には、何兆個にも及ぶニューロン(神経細胞)が存在していて、シナプスを介して電気化学的なシグナル伝達を行っています。
それぞれのシナプスは、タリンというタンパク質分子が網目状の構造の足場を築いています。
これまでタリン分子は、単に細胞の構造的なものだと思われてきました。
しかし、今回の研究は、このタリンの網目が実際には情報を保存したり記憶をコード化するバイナリースイッチとして機能していることを示唆しています。
バイナリーというのは0と1で表される2進数のことを言います。
コンピュータのデータイメージとして、たまに0と1が羅列した文字列を見ることがありますが、コンピュータはこのバイナリー形式で情報を保存しています。
では、脳がバイナリー形式で情報を保存するというのはどういうことなのでしょうか?
今回の発見によると、シナプスを取り巻くタリン分子は、折りたたまれた形状と、開いた形状の2つの安定的な状態を持っています。
タリンは機械的な圧力を受けることでこの形状を変化させ、まるでスイッチの0と1のように機能するのです。
細胞内には、細胞骨格という細胞を支えて安定させる繊維状の三次元ネットワークがあります。
この細胞骨格は、機械的な特性を持っていて、シグナルの伝達や細胞分裂など動的なプロセスに連動しています。
この細胞骨格がシナプス間のシグナル伝達を受けた際、小さな力を発生させタリンに圧力を与えます。するとタリンは形状を変化させて、シナプスにバイナリー形式の情報を記録していくのです。
これはシナプスに入力された情報に依存していて、新たな力が細胞骨格から発生すると情報が更新されます。
この機械的なコード化は、すべてのニューロンで継続的に実行されていて、すべての細胞に広がっていき、最終的には生物全体を調整するコードとして機能します。
生まれたときから、生物が経験したことや環境条件がこのコードに書き込まれていき、常に更新され、その生物固有の記憶が数学的に表現されることになるのです。
グルト博士によると「細胞骨格は、化学的・電気的シグナルに反応して細胞内の計算を調整するレバーや歯車の役割を果たしている」と説明しています。
それはまるで初期のコンピュータにそっくりな仕組みです。
この発見は、脳機能や脳疾患の治療における新たな理解の始まりになるかもしれません。
自然に生まれた生物の記憶が、コンピュータと同じ方法で情報をコード化して記憶していた、というのはなんとも不思議で驚きに満ちた発見です。
参考文献
A new theory for how memories are stored in the brain(University of Kent)
https://www.kent.ac.uk/news/science/27956/a-new-theory-for-how-memories-are-stored-in-the-brain
元論文
The Mechanical Basis of Memory – the MeshCODE Theory
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnmol.2021.592951/full
ライター
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。
編集者
やまがしゅんいち: 高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?