「音を出すサナギ」の仕組みを解明、天敵への防御システムか
実はサナギは静かにジッとしているだけではないようです。
神戸大学大学院 農学研究科を中心とした研究グループは、スズメガ科の一種「エゾスズメ」のサナギと幼虫が、呼吸用の小さな孔「気門」から空気を吹き出すことで音を発していることを明らかにしました。
サナギが空気を使って音を鳴らす仕組みが明確に解明されたのは、世界でも初めてです。
さらに、その音はヘビの「シューッ」と鳴くような音に似ており、天敵への威嚇の意味合いがあるとも示唆されています。
研究の詳細は2025年12月7日付で科学雑誌『Journal of Experimental Biology』に掲載されました。
目次
- 動かぬサナギが「音」を出す、その正体は?
- 天敵をだます「サナギの防御戦略」と今後の展望
動かぬサナギが「音」を出す、その正体は?
セミやスズムシといった昆虫が「鳴く」のは、仲間を呼んだり、求愛したりするためだと広く知られています。
しかし、幼虫やサナギの段階で「音」を出す昆虫は、それほど多くはありません。
しかも、ほとんど動かないサナギがいったいどうやって音を発するのか?
この謎は長年、科学者たちを悩ませてきました。
研究グループは、兵庫県で採集したエゾスズメを室内で飼育し、幼虫とサナギをピンセットで軽く刺激することで「捕食者による攻撃」を再現しました。
その結果、4齢以降の幼虫と、蛹(サナギ)の多くが「シューッ」という噴気音を発することが観察されました。
では、その音はどこから生まれるのでしょうか。
詳細な観察と実験の結果、幼虫では腹部末端(第8節)の1対の気門、サナギでは腹部中央部(第2〜第7節)の6対の気門から空気が勢いよく吹き出されることで音が発せられることが突き止められました。
気門をラテックスでふさいだ実験では、幼虫では該当する1対、サナギでは6対すべてをふさいだ場合のみ音が出なくなり、逆に1対でも開放していれば音が出るという結果になりました。
音を出すために体をこすり合わせるような動作や特別な構造は確認されず、「空気を吹き出す」こと自体が音の正体だったのです。
天敵をだます「サナギの防御戦略」と今後の展望
エゾスズメの幼虫やサナギが発する音の周波数帯を調べたところ、その多くが鳥や小型哺乳類など、実際に天敵となる動物たちの「聞こえる」範囲にありました。
さらに、この音はヘビの「シューッ」という噴気音に非常によく似ていることも分かりました。
なぜヘビの音をまねる必要があるのでしょうか。
森の中でヘビの音を耳にした小鳥やネズミは、本能的に「危険だ」と感じて身を引くと考えられます。
エゾスズメの幼虫やサナギは、まるで「自分はヘビだぞ」とアピールするかのように、音で天敵を威嚇している可能性があるのです。
今回の研究では、実際にこの音がどれだけ捕食回避に効果があるかまでは検証されていません。
しかし、今後は本物のヘビやサナギの音を天敵に聞かせ、その反応を調べることで、「音による防御効果」の実証が期待されています。
また、「サナギが空気を吹き出して音を鳴らす」という仕組みは、エゾスズメだけでなく他の昆虫にも存在するかもしれません。
普段はほとんど動かず無防備に見えるサナギが、じつは「音」という武器で身を守っていた――この発見は、昆虫の進化の不思議を感じさせてくれます。
参考文献
スズメガの蛹が鳴く仕組みを解明 笛のように空気を吹き出して発音する
https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/20251208-67330/
元論文
Sound production by hawkmoth larvae and pupae through abdominal spiracles
https://doi.org/10.1242/jeb.251346
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部