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一体どのようにアリたちの防御網をかいくぐっているのか――。
今回、名古屋大学をはじめとする研究グループは、アリヅカコオロギが2種類の逃避スキルを駆使して、アリの巣の中での生涯に渡るスニーキングミッションを成功させていることを示しました。
これは、好蟻性生物の行動を定量的に解析した画期的な成果であり、昆虫の社会性や寄生性を深く理解する手がかりとなります。
アリヅカコオロギたちは、いったいどんなスキルを使っていたのでしょうか?
研究内容の詳細は『Communications Biology』にて公開されています。
目次
アリヅカコオロギは、その名のとおり「アリ塚(アリの巣)」で生活するコオロギの仲間です。
一般に、アリの巣は高温多湿が保たれ、さらにアリが運んだ餌や巣内の有機物が豊富に存在するため、他の生物にとっても魅力的な“リソースの宝庫”です。
しかし同時に、コロニー(集団)を形成するアリにとって、よそ者は“侵入者”とみなされ、容赦なく攻撃・排除されてしまいます。
つまり、安定した環境と豊富な食糧がある一方で、強力な防衛網も張り巡らされているのがアリの巣という特殊な環境なのです。
スニーキングゲームで例えるならば、セーブもやり直しも効かない高難度ステージに挑んでいるようなものかもしれません。
この高度に組織化された社会構造に、あえて潜り込む生きものたちがアリヅカコオロギをはじめとした「好蟻性(こうぎせい)生物」です。
彼らはアリから運ばれる豊富な餌や、快適な温湿度といった恩恵を受ける代わりに、常に“外部侵入者”として攻撃される危険と隣り合わせの生活を送っています。
(※アリの巣の倉庫にあるエサをタダ食いしているので当然と言えば当然ですが……)
彼らは卵から孵化し、幼虫(若齢)期から成虫になるまで、そして成熟してもなお、常に数多のアリと隣り合わせで生活を続けます。
アリヅカコオロギにとってこの状況は、一生涯をかけて行われるスニーキングミッションと言えるでしょう。
そのため多くの好蟻性生物は、アリの匂いを盗み取ったり、自ら合成する「化学戦略」によってアリを欺くことで攻撃を回避してきました。
ところが、アリヅカコオロギ(Myrmecophilus tetramorii)は、必ずしも十分な化学戦略を用いているわけではないといわれています。
にもかかわらず、彼らはアリの巣内で一生涯を通じて“居候”し続けることが可能です。
いったいどうやってアリに見つかりながらも捕食されることなく、巣の中で暮らし、餌を確保しているのでしょうか。
これまでの研究では、アリに対する回避行動の重要性が指摘されていましたが、その実態を定量的かつ詳細に検証した例は多くありませんでした。
そこで今回、名古屋大学をはじめとする研究グループはアリヅカコオロギの行動パターンを詳細に分析し、アリの攻撃をかいくぐるための逃避スキルを解明することになりました。
調査にあたってはまず、アリヅカコオロギ自身がアリと同じ匂いを合成しているかどうかを調べるため、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)を実施しました。
その結果、コオロギが宿主アリとまったく同じ匂いを“自力で”作り出している形跡は見つかりませんでした。
つまり、いわゆる匂い(化学擬態)によってアリの仲間として振る舞うのではなく、別の方法で巣内の攻撃を回避している可能性が高いというわけです。
そこで研究の主眼は、アリヅカコオロギがアリに接近された瞬間の“動き”に注目することになりました。
具体的には、高速度カメラなどを使って複数種のアリとアリヅカコオロギのやりとりを撮影・解析しました。
すると、コオロギの逃避行動には大きく2種類あることが判明しました。
ひとつは「ディスタンシング(Distancing)」と呼ばれる、直線的・高速にアリから離れる緊急回避でした。
この行動はアリと非常に接近してしまった、あるいは攻撃のリスクが高い“緊急事態”時に多用されていました。
もうひとつは「ドッジング(Dodging)」と呼ばれる、弧を描いてアリの背後に回り込む戦略です。
この行動はアリとの間合いがややある状況で選択されるほか、アリが過度に攻撃的でない場合に使われることが多く、背後に回り込むことでアリから視界(あるいは感覚)上“消えやすく”なり、その場所に留まりながら餌の探索なども続行できると考えられます。
これらの結果は、コオロギが相手アリの攻撃強度や危険度を何らかの感覚で把握し、“ここはすばやく逃げた方がいい”か“背後に回り込めばしばらく大丈夫”かを瞬間的に判断していることを示唆しています。
加えて、行動シミュレーションを行った結果、コオロギは状況に応じてこれら2種類の逃避行動を使い分けることで、狭いアリの巣の中でも効率よく餌を探し、長期的に生活できる可能性が示唆されました。
研究チームはこの“二刀流”ともいえる戦略が、アリヅカコオロギの潜入作戦を支える重要な鍵だと結論づけています。
アリと共に暮らす好蟻性生物は世界中で何度も独立に出現しており、「アリと暮らす」ための形質がどのように進化してきたかは、進化生物学の重要なテーマの一つです。
今回のアリヅカコオロギのように、化学戦略がさほど強くない種が持つ行動適応は、ある意味で「汎用性が高い」利点をもたらすと考えられます。
潜入先のアリと同じような化学物質をまとうことは安全性を向上させるのは間違いありませんが、ターゲットとした種『以外』の巣に忍び込むことを難しくしてしまい、進化の袋小路に迷い込む可能性があるからです。
一方で、物理的な逃避スキルを身につけることができれば、数多くの種類のアリの巣で生き延びることが可能になります。
今回の研究は、目先の安全性や効率を上げるために特化するより、汎用性の高いスキルを進化させたほうが長期的に役立つ場合があることを示しています。
今後、アリヅカコオロギなどの好蟻性生物の神経回路や遺伝的基盤を解明することで、アリと他の生物が繰り広げる「だまし」と「見破り」の共進化のメカニズムを一層深く理解できるでしょう。
参考文献
四面楚歌をどう切り抜ける? ~アリの巣内部で暮らすコオロギの逃避戦略~
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2025/01/post-775.html
元論文
Switching escape strategies in the parasitic ant cricket Myrmecophilus tetramorii
https://doi.org/10.1038/s42003-024-07368-y
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部