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拷問とは、「情報を引き出す」「罰を与える」または「威嚇する」などの目的で、対象者に極度の身体的または精神的苦痛を与える行為を指します。
歴史的には、中世のヨーロッパでの宗教裁判や戦争捕虜への尋問などで用いられてきました。
現代では、拷問は国際的な人権法で厳しく禁じられており、国際連合の「拷問等禁止条約」により規定されています。
それにもかかわらず、世界のいくつかの地域では依然として拷問が行われており、被害者に深刻な身体的・心理的影響を与えています。
では、現代ではどのような種類の拷問が行われているのでしょうか。
ニューヨーク・プレスビテリアン病院(NewYork-Presbyterian Hospital)に所属する研究チームは、2023年10月の研究にて、現代の拷問の手法や、それが行われている地理的分布を明らかにしました。
この研究では、10万人以上を対象にした266件の過去の研究をメタ分析しており、その結果、現代でも105カ国で拷問があったと分かりました。
そして、現代の主な拷問の種類は以下の通りでした。
棒や鈍器、拳で対象者を殴打する拷問は、最も一般的で世界中で広く報告(59カ国)されています。
被害者は外傷、骨折、内出血、慢性的な痛みで苦しみます。
電気ショックを身体に与える拷問であり、中東や南米の28カ国で報告されました。
これはしばしば敏感な部位(性器や指)を対象に行われます。
強い痛みを伴う手法であり、被害者は筋肉のけいれん、神経損傷、長期的なトラウマを抱えることになります。
食物や水を与えず、身体的・精神的に衰弱させる拷問です。
時間をかけて行われる拷問であり、被害者は栄養失調、脱水症により、死に至ることもあります。
足の裏を鞭や棒で叩く拷問であり、特定の国や地域(トルコやサウジアラビアなど)でよく報告されています。
被害者は慢性的な痛みに苦しみ、歩行が困難になります。
手首や足首を縛ってつるし上げる拷問であり、関節や筋肉に大きな負担を与えます。
被害者は激しい痛みに苦しめられます。
肩の脱臼、筋肉の損傷に至るケースもあります。
ビニール袋で顔を覆ったり、水に顔をつけさせたりして呼吸を妨げる拷問です。
犠牲者は空気を欲してもがき苦しみ、繰り返される行為に極度の恐怖を感じます。
PTSD・酸素欠乏症・脳へのダメージへと発展します。
身体を拘束して自由を奪く行為です。
拘束は長時間にわたる場合が多く、これにより被害者は筋肉が壊死したり神経に損傷を負ったりします。
特定の地域に限定されず、多くの国で報告されています。
苦痛を伴う体勢を長時間強要する拷問です。
例えば、うさぎ跳びの体勢(両腕を背中側でまげて手首を組ませ、しゃがんだ姿勢)を長時間強制したり、手足を後ろで縛って体を強制的に反らせたりします。
これにより被害者は筋肉や関節に強い痛みを感じ、体勢によっては呼吸が妨げられることもあります。
ナイフや針などの鋭利な物を用いて身体を傷つける拷問です。
被害者は被害者は強い痛みを感じ、外傷が明確に残るのも特徴です。感染症に発展する場合もあります。
火・酸・熱湯などを用いて身体を焼いたり、やけどを負わせたりする拷問。
被害者は極度の痛みと恐怖を感じ、傷跡が残ります。感染症に発展することもあります。
中東やアフリカの国々で確認されています。
論文に示されている拷問の報告があった地域を地図で示したものが下図です。
この論文の報告は主に警察や軍など公的機関による取り調べを対象としているとされています。
日本が含まれているのが意外に感じますが、これは被害者が長期の不当な拘留や取り調べを受けたという報告が含まれているのだと考えられます。
またこれらの主な拷問以外にも、対象者を強制的に裸にして羞恥心を与えたり、性的な拷問(紛争地域で顕著)を行っていた例もあるようです。
では、これらの拷問は被害者にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
日常的に耳にする「PTSD」という言葉。
これは、戦争や自然災害、犯罪被害など、極度のストレスにさらされた人々が、恐怖やフラッシュバック、感情の麻痺などの症状に苦しむことを指します。
しかし、これらの症状の背後で脳がどのように変化しているのか、詳しい仕組みは解明されていません。
これまでの研究では、脳の特定の部位がPTSDと関連していることが報告されています。
例えば、「恐怖の中枢」として知られる扁桃体の過剰活性化や、記憶形成を担う海馬の容量低下、認知制御に関与する前頭前野の抑制などです。
それでも、脳の各部位がどのように連携し、ネットワーク全体がどんな影響を受けるのかについては、十分に理解されていませんでした。
さらに、拷問という極端なストレスが、脳にどのような傷跡を残すのかは謎のままでした。
そこでオーストラリアのニューサウスウェールズ大学(University of New South Wales)の研究チームは、拷問のような極度のストレスが脳の神経ネットワークに与える影響を調査することにしました。
まず、研究チームは、オーストラリアにある拷問被害者の治療・リハビリ施設などを通して、拷問体験者33名と非体験者44名を集めました。
そして彼らを対象とした比較研究を行い、被験者たちの脳活動を詳細に記録しました。
研究では、特にGo/NoGoタスクを使用しています。
この課題で参加者は、特定の刺激に反応 (Go) し、他の刺激には反応を控える(No-Go)必要があり、これは脳の注意力や認知能力を評価するために適しています。
例えば参加者は、表示される白い円には反応しますが、白い四角には反応しないように指示されました。
さらに、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて、タスク中の脳内ネットワークの神経接続性を測定しました。
加えて、PTSD症状や抑うつ症状の評価も並行して行い、心理的影響と神経接続性の関連性を分析しました。
この多角的なアプローチにより、拷問が脳と心に及ぼす複雑な影響を詳細に解明することを目指しました。
研究の結果、拷問体験者では、デフォルトモードネットワーク(DMN)や聴覚と運動のネットワーク(AMN:auditory-motor network)が低下していることが分かりました。
デフォルトモードネットワークは、脳が「何もしないとき」に活性化するネットワークで、自己認識、内省、過去の記憶の再生に関与します。
例えば、日常生活の中でふと自分の行動を振り返るときや将来の出来事を思い描くときに、このネットワークが活発に働きます。
しかし、拷問体験者では、このDMNの接続性が低下していることが確認されました。
これにより、注意の切り替えが困難になったり、感情の整理が難しくなったりすると考えられます。
聴覚と運動のネットワーク(AMN)は、音や運動に関する感覚情報を処理し、脳の他の部分と統合する役割を担います。
拷問体験者では、このAMNの接続性が低下していました。
これにより、環境音や刺激に過敏になり、不快感を覚えることが増えると考えられます。
また感覚情報が適切に処理されないため、感情の整理やトラウマ記憶の管理が難しくなるはずです。
これらの結果は、拷問による極度のストレスが、脳に「神経ネットワークの接続性の低下」という傷跡を残すことを示しています。
彼らはこの影響により、注意力の欠如や感情の麻痺、さらには抑うつ症状を経験するのです。
そして拷問体験者が抱えるPTSDは、こうした脳の障害と密接に関わっている可能性があります。
一方で、この知見は、神経接続性を回復させることを目指した新たな治療法を開くものとなります。
現代でも秘密裏に行われる拷問。
これら過酷な体験が残すのは、脳の「見えない傷」です。
しかし、科学の力でその傷を癒し、回復への道筋を探ることができるかもしれません。
参考文献
Neuroscientists illuminate the dark aftermath of torture on brain connectivity
https://www.psypost.org/neuroscientists-illuminate-the-dark-aftermath-of-torture-on-brain-connectivity/
元論文
Reported Methods, Distributions, and Frequencies of Torture Globally
https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2023.36629
Torture Exposure Modulates Cognitive Control and Attention Neural Network Connectivity During a Go/NoGo Task
https://doi.org/10.1016/j.bpsc.2024.07.025
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部