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このようにシャチは何種類もの発声を操ることができますが、英セント・アンドルーズ大学(University of St Andrews)のジョゼップ・コール(Josep Call)氏は「シャチの声マネがどれだけ柔軟か確かめてみよう」と考えました。
そしてコール氏は「本当に説得力があるのは彼らのレパートリーにない声を模倣させることだ」として、シャチに人間の声マネをさせることにしたのです。
実験に選ばれたシャチは、フランス南部アンティーブの水族館で飼育されていた当時14歳のメス「ウィキー(Wikie)」です。
いきなり人の声マネをさせるのは無理があったため、チームは最初に、他のシャチが発する声(ウィキーがそれまでに聞いたことがないもの)を模倣する訓練をし、成功したらご褒美の餌を与える実験をしました。
そしてウィキーが声マネの訓練に慣れてきたところで、いよいよ本番です。
シャチに文章を喋らせるのは不可能なため、チームはいくつかの短い単語を選びました。
例えば「ハロー」「バイバイ」「エイミー(飼育員の名前)」「ワン、ツー」「アハハ(ah ha)」といったものです。
これらの単語を飼育員のエイミーさんが発話し、それを模倣できたら餌を与える訓練を続けました。
ウィキーの発話はエイミーさんを含む2名の飼育員によって評価され、その後、6名の研究者が録音データの音響パターンを含めて、元の人の音声とどれだけ似ているか(模倣したと言えるか)を判定しました。
その結果、ウィキーはすべての言葉を17回以内の練習で模倣することに成功したのです。
特に「ハロー」に関しては1発目で模倣に成功しており、その後の試行でも50%以上の精度で正しく発音できたことが確認されています。
では実際の音声とその様子を見てみましょう。
(※ イヤホンを推奨します。音量に注意してご視聴ください)
もちろん完璧な再現とは言えませんが、ウィキーが人の言葉を模倣しようとしていることはわかるでしょう。
しかしシャチは海の生き物であり、私たちヒトのように声帯を使った発話はできません。
ですから、先の声マネも決してシャチの口から発せられているわけではありません。
ではシャチはどこから声を出しているのでしょうか?
シャチの発声の仕組みは私たちとはまったく違います。
ヒトを含む哺乳類のほとんどは口と咽頭の動きを使って音声を出しますが、これに対してシャチは声帯を持っていないので、口から発声することができません。
そこでシャチは「鼻腔(びくう)」すなわち「鼻の穴」を使って声を出しています。
鼻の穴といっても彼らの鼻は人間のように顔の先端にはついておらず、頭のてっぺんにあります。
彼らは通常、鼻の穴にある音響器官を使って音を出し、それをおでこ辺りにある脂肪組織「メロン」に通過させて、音を収束させたり、強度を調節したりしているのです。
これによって、シャチは主に3種類の音を水中で出しています。
1つ目はホイッスル音で、口笛のような高い音であり、仲間同士のコミュニケーションに使われます。
2つ目はクリック音で、単発の短い音であり、獲物を探したり、周囲の環境を把握するためのエコロケーションに使われます。
3つ目はパルス音で、テンポの速い繰り返し音であり、群れ全体の注意を引いたり、何らかの危険を感じたときの警告音として利用するとされています。
このようにシャチは鼻の穴を使って、人間の声マネをしていたのです。
ただし、すでに予想はついているかもしれませんが、声マネができることと言葉を理解していることは別であり、研究者らも「ウィキーは単語の意味を理解しているわけではない」と述べています。
しかしシャチは非常に賢い動物であり、人間とも深いレベルでのコミュニケーションを構築できるため、訓練次第では言葉の意味も学習できる可能性は十分あります。
そうなると(あくまでSF的展望しかありませんが)、いつか私たちとシャチが人間の言葉を使って簡単な会話ができる日が来るかもしれません。
参考文献
Killer whale can mimic human speech
https://news.st-andrews.ac.uk/archive/killer-whale-can-mimic-human-speech/
Orcas can imitate human speech, research reveals
https://www.theguardian.com/science/2018/jan/31/orcas-killer-whales-can-imitate-human-speech-research-reveals
元論文
Imitation of novel conspecific and human speech sounds in the killer whale (Orcinus orca)
https://doi.org/10.1098/rspb.2017.2171
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部