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公共の場で心停止が発生した際、迅速な心肺蘇生法(CPR)と自動体外式除細動器(AED)の使用が生存率を大きく左右します。
しかしこれまで行われた複数の研究により、女性がその恩恵を十分に受けられていないことが示されています。
英国で1,000人を対象に行われた調査によれば、約4分の1が公共の場で女性にCPRを行う可能性が低いと認めています。
特に男性の3分の1が、女性にCPRを行うことにためらいを感じているとされています。
また同様のためらいは女性でも13%に上ることが示されています。
その結果、周りの人々から心肺蘇生を受ける割合は、男性が73%であるのに対し、女性は68%に過ぎません。
2003年から2013年までのデータ分析では、イングランドとウェールズの女性8,200人以上が、男性と同じ治療を受けていれば心臓発作から生き延びる可能性があったことが示されています。
米国と日本での大規模な調査でも、女性よりも男性のほうが、公共の場でCPRやAEDが使用される可能性が有意に高いことがわかっています。
この差異の背景には、女性の胸部に対する慎み深さや、公共の場での露出に関する懸念や法的責任や非難を受けることへの恐れも一因とされています。
心肺蘇生法は女性の胸に手を当てて心臓をマッサージしたり、口から人工呼吸を行う必要があるため、ためらう男性が多いのです。
またAEDのパッドは金属を避けて素肌に直接貼り付ける必要性から、場合によっては下衣服を脱がすことがあり、世の男性たちはより一層のためらいを感じることになります。
(※SNSなどでは過去に「女性にAEDを使用すると訴えられる」とする噂が拡散しましたが、弁護士たちが調べたところ、女性にAEDを使用して訴えられた例はなく、完全なデマであることが判明しています)
また訓練の場でも衣服や下着をつけたままでは、パッドが途中で服に貼り付いてしまったり、下着とコードが絡まるなどの問題が報告されています。
服を着たまま湿布を張ることを考えれば、その困難さがわかるでしょう。
さらに男性にとって、女性用下着のどこに金属が使われているかを理解するのは難しい問題となっています。
女性下着に対する知識や、服を脱がさずにパッドを取り付ける難易度、そして時間の制約を考慮すると、ためらいを捨て迅速に行動することが、結果的に命を救う確率を上げることにつながります。
仮にそれで訴えられたとしても、弁護士たちの中には無料で弁護を引き受けるという人も多くいます。
CPRを行ったりやAEDを使用しなくても罪に問われることはありませんが、乳房に対する遠慮で命を落としかねない女性にとっては、切実な問題となっています。
ですが新たな研究では実践時だけでなく、訓練時にも問題が潜んでいることが示されました。
ロイヤル・ウィメンズ病院の研究者たちが世界中で売られている成人の心肺蘇生訓練用に設計されたのマネキンを調べたところ、ほとんどのマネキン本体が平坦な胴体を持ち、最初から乳房が女性型として作られたものが1タイプのみであることが示されました。
実際、学校や講習会でCPRやAEDの訓練を受けてた人々の多くは、男性型マネキンを使っていたのではないでしょうか?
質の高い講習会などでは、男性型のマネキンの胸部に布を巻き付けるなどして女性の体を模していますが、現場改修では限界もあります。
訓練の段階でマネキンに胸がある女性タイプを使用することはCPRやAEDの使用への心理的抵抗感を下げたり、救命時には女性用下着や乳房を適切に扱える効果も期待できます。
「訓練に使うマネキンに乳房をつける」という僅かな変更でそれが叶うならば、是非とも採用すべきでしょう。
参考文献
Learning CPR on manikins without breasts puts women’s lives at risk, study finds
https://www.theguardian.com/australia-news/2024/nov/21/learning-cpr-on-manikins-without-breasts-puts-womens-lives-at-risk-study-finds
元論文
CPR training as a gender and rights-based healthcare issue
https://doi.org/10.1093/heapro/daae156
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部