ノーベル賞のメダルでオセロができる発見です。

イギリスのオックスフォード大学(University of Oxford)で行われた研究により、全く異なる物理法則について記された数式であっても、共通する神秘的なパターンに従っていることが示されました。

この結果は、一見して異なる物理現象について述べている数式でも、隠れた「裏ルール」に従っている可能性を示しています。

研究者たちは「私たちの発見は自然のメタ法則、つまり全ての物理法則が従う法則への扉を開くものである」と述べています。

つまり歴史上の物理学者は、自然法則という1つの巨大なゾウを異なる角度から見てさまざまな数式を描いていたものの、それら1つ1つをよく見ると、同じ「ゾウ」を描いたことを示す何らかの共通する特徴が残ってたというわけです。

もし人類がこの「自然なメタ法則」を完全に理解することができたのならば、あらゆる物理法則を統合する究極理論や、人間の認知機能では発見が難しかった新法則の形成に役立つでしょう。

今回は研究の鍵となる「メタ」という概念についてアニメやマンガの例を用いてわかりやすく解説すると共に、普遍的パターンがどのような方法で発見されたを紹介したいと思います。

(※「メタ」の解説が不要という人は2ページ目以降から読み始めて下さい)

研究内容の詳細はプレプリントサーバーである『arXiv』にて「物理方程式の統計パターンと自然のメタ法則の出現(Statistical Patterns in the Equations of Physics and the Emergence of a Meta-Law of Nature)」とのタイトルで公開されています。

目次

  • 物理法則を題材に「メタ発言」をやってみた
  • あらゆる物理法則が従う「裏ルール」が存在する

物理法則を題材に「メタ発言」をやってみた

アニメやマンガなどで使われる「メタ」という概念は実はとっても高度なものです / Credit:clip studio . 川勝康弘

アニメやマンガでは登場キャラクターはしばしば「このアニメって基本〇〇だよね」や「○○君って映画版になると調子よくなるよね」など作品と現実を隔てる壁を超える発言を行い、視聴者を困惑させることがあります。

このような作品を飛び出して外部から俯瞰(ふかん)するようなセリフはしばしば「メタ発言」と呼ばれ、メタ発言によって超えられる作品と現実の間の壁は「第4の壁」と呼ばれることもあります。

メタ発言は上手く使えば視聴者の共感を得られる場合もありますが、作品の世界観を台無しにしかねない危険なものにもなり得ます。

一方、科学分野では、他人によって作成された複数の論文のデータを統合して、新たな知見を導くことを「メタ研究」と呼んでいます。

1つ1つの論文が研究者が構築した世界とすると、メタ研究はそれらを複数集めて俯瞰的な視点で眺め、より普遍的な答えに辿り着くことを目指しています。

同様のメタの概念は物理法則や数式についても当てはまります。

特定の物理法則について描かれている数式は、その法則を規定する1つの世界のようなものです。

たとえばニュートンの運動法則は「物体の運動」について1つの世界観を提示しています。

そこにはアニメやマンガの登場人物に相当するE(エネルギー)やM(質量)、V(速度)など固有の名前と役割を持つ記号が登場し、それらが協力し合って1つの世界観、つまり数式を組み立てています。

ただアニメやマンガと同じく、ニュートンの運動法則が描く世界観は、他の物理現象についても同じように当てはまるわけではありません。

ドラゴンボールとナルトの世界観が噛み合わないように、ニュートンの運動法則と量子力学の描く世界観の間にも嚙み合わせられない部分が存在し、それぞれの数式に使われる記号も大きく異なるものになっています。

そのため異なる物理法則を記述する数式は、他の物理法則とは切り離して考えることが一般的です。

学校のテストでも電磁気学の問題を解くのに熱力学の公式を当てはめようとする人は「愚か者」と言われてしまいます。

結果として、人類は場面にあわせて無数の物理法則と数式を発明することになりました。

物理学の歴史は、新たな法則や新たな数式の発見の歴史とも言えるでしょう。

そして新たな法則や数式が増えるたびに、新たな記号の追加も進んでいきました。

しかし増え続ける法則や数式、記号について疑問を抱いている人々も存在していました。

物理法則は無数に存在しますが、自然は1つです。

つまり無数の物理法則は、自然という1匹の巨大なゾウをさまざまな角度から描いたに過ぎない可能性があったのです。

そこで今回、オックスフォード大学の研究者たちは「メタ的な」視点を採用し、異なる法則について記述されている数式を分析し、背後に潜んでいる「ゾウ」あるいは「裏ルール」が存在するかを確かめることにしました。

あらゆる物理法則が従う「裏ルール」が存在する

無数の物理法則があっても宇宙は1種類しかない / Credit:clip studio . 川勝康弘

無数の物理法則は、自然という「1匹の巨大なゾウ」を別角度で見た結果に過ぎないのか?

人類が気付いていないだけで全ては一定の裏ルールに従って存在しているのではないか?

そうだとするならば、それはどんなものなのか?

謎を解明する手段として研究者たちは「ジップの法則」を用いることにしました。

ジップの法則はもともとは言語学者によって観察されたものであり、ある言語で最も使われる単語は、2番目に使われる単語の2倍、3番目に使われる単語の3倍の頻度で登場するという法則です。

たとえば英文では「the」が最も多く登場する単語であり、全体のおよそ「7%」を占め、2番目によく使われる「of」の頻度は半分の「3.5%」であることが知られています。

(※日本語ももジップの法則に従うことが判っており、テキストにおいては所有を意味する「の」が最もよく使われ(5~10%)、2番目は目的や方向を現わす「に」が多く(4~7%)が使われています)

興味深いことに、この傾向は子供が描いた作文から専門書まで一貫した傾向となっています。

しかし研究が進むにつれて、ジップの法則は言語学の分野を超えた、神秘的な普遍性があることがわかってきました。

たとえば多くの国の都市規模を分析するとおおむねジップの法則に従っており、少数の大都市が優勢で、大多数の都市は小規模であることが判明しました。

またデータサイエンスの分野では、コンピューターのファイルサイズにもジップの法則が当てはまることが示されています。

さらに神経科学では脳内のニューロンの発火頻度もジップの法則に従い、少数のニューロンが非常に活発であるのに対し、大多数のニューロンの動きは鈍いことが知られています。

身近な例では、赤ちゃんにつけられる名前の人気もジップの法則におおむね従うと報告されています。

では物理法則を表現する数式はどうでしょうか?

先にも述べたように、一般的には、個々の物理法則はターゲットとなる現象についてのみ記述しており、対象外となる物理現象については当てはめるのは難しくなっています。

しかし、もし異なる物理法則たちが、自然法則という1つの巨大なゾウを異なる側面から描いたに過ぎないならば、電磁気学の数式も熱力学の数式も「ゾウ」に関する共通した痕跡を残している可能性があります。

そこで研究者たちはまず、古今の数式を集めることから始めました。

以下は収集された3つの数式集になります。

1つ目は「ファインマンの物理学」という有名な物理学の解説本に記されている100個の数式。

2つ目はWikipediaに乗せられている科学者の名前が付けられた41の数式。

3つ目はインフレーション宇宙論に関連する71の数式です。

これら3つの数式集は、一部重なる部分もあるものの、ジャンル的にはかなり離れたものとなります。

たとえば「ファインマンの物理学」は大学などでは物理学の教科書として使われることが多く、内容も古典物理に多くの紙面を割いている一方で、インフレーション宇宙論に関する数式は先進的な内容が多く、教科書に乗せられるような気軽なものはあまり多くありません。

アニメやマンガで例えるならば、ファインマン物理学は昔から人気の「バトルもの」で、インフレーション宇宙論のほうは近年人気な「日常系」と言えるほど違いがあります。

次に研究者たちは、これら異なる数式集に使われている記号の頻度を分析しました。

すると驚くべきことに系統の異なる3つの数式集は全てジップの法則に従っていることが明らかになりました。

物理法則に使われている記号の頻度分析はジップの法則に従いました / Credit:Andrei Constantin . arXiv (2024)

この結果は、人類が長年をかけて発見してきた、さまざまな物理法則の数式は、自然という巨大なゾウを異なる側面から見ていた可能性を示しています。

あるいは音楽でたとえるならば、人類は「自然法則」という1つの曲を、変調させることで、電磁気学、熱力学、量子力学など個々の数式を何度も焼き直すようにして「新発見」してきたとも言えます。

またその場合、さまざまな物理法則の背景には隠された裏ルールのようなものが存在することになるでしょう。

研究者たちも「方程式1つ1つは個々の物理現象を正確に予測している。しかし方程式全体が従うパターンには、この宇宙そのものの性質にかんする情報が隠されている可能性がある」と述べています。

しかし研究では別の説明も検討されています。

研究者たちは、この結果が人間の言語的な性質を反映しているに過ぎない可能性もあると述べています。

人間は言語を獲得する過程で、できるだけ少ない単語でコミュニケーションを効率的に行おうとします。

そのためよく使う単語が限られ使用頻度に偏りが生まれます。

つまり、数式もある意味では言語であるため、言語の延長として数式にジップの法則が現れたに過ぎないとする説です。

この場合、方程式がシンプルであることに美しさを感じる物理学者たちの美意識も要因に含まれるでしょう。

研究者たちは、この2つの説明は同時に当てはまる可能性があると述べています。

物理法則は人間の言語の性質や美意識から自由ではいられないものの、背後にはそれらを統合する何らかの「裏ルール」が存在するとする考えです。

また脳科学的な観点からは、物理法則の描かれ方の法則を理解することは、人間の脳の働き方を理解するためにも有益と考えられます。

研究者たちは今後の課題として、物理法則の描かれかたのパターンをAIに学ばせることをあげています。

AIがパターンを学び、人間の認知が及ばない裏ルールの存在に気付くことができれば、新たな有用な方程式をそこから生成することも可能になるからです。

もしかしたら近い将来、理論物理学は人間の脳の認知範囲を離れ、AIたちの活躍する世界になっているかもしれません。

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元論文

Statistical Patterns in the Equations of Physics and the Emergence of a Meta-Law of Nature
https://doi.org/10.48550/arXiv.2408.11065

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 あらゆる物理方程式が何らかの「裏ルール」に従っている可能性が示唆される