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一方これまでの研究で、一時的な身体ストレスへの曝露(例えば、低温刺激を受けるなど)が体内炎症を有意に緩和しうることが示唆されてきました。
これは突発的なストレス刺激が体内のアドレナリン作動系を活性化し、種の生存に欠かせない「闘争・逃走反応(fight-or-flight response)」を引き起こしてくれるからです。
闘争・逃走反応は、危機的状況に陥ったときに戦うか逃げるかを選択する反応であり、恐怖体験を生き延びる上でヒトを含む多くの動物に備わりました。
そして闘争・逃走反応は、抗炎症作用を持つ「コルチゾール」というホルモンの分泌を促し、これが体内炎症の緩和に繋がっていると考えられています。
つまり逆説的ではありますが、ストレスは一時的で短いものであれば、健康に逆にいい可能性があるのです。
しかし他方で、心理的なストレス刺激とされる「恐怖体験」が同じように体内炎症を緩和させるかどうかは不明でした。
この謎を解き明かすべく、研究チームは被験者をおばけ屋敷に入れる実験を試みました。
今回の調査では、デンマークの都市ヴァイレに在住の113名の一般成人(女性69名、男性44名、平均年齢29.7歳)を対象としました。
実験は2023年の9月〜11月にかけて実施され、被験者にはヴァイレにあるおばけ屋敷を体験してもらい、その間の心拍数をモニタリング。
アトラクションを終えると、主観的に感じた恐怖レベルを1〜9段階で評価してもらいます。
さらに実験前と実験から3日後に、被験者の「高感度C反応性タンパク質(hs-CRP)」の数値を測定しました。
CRP(C反応性タンパク質)とは、体内炎症が起きた際に血中で増加するタンパク質のことで、hs-CRPは通常のCRPでは捉えにくい軽微な体内炎症をも検知できるマーカーとして知られます。
ここでは「軽度の炎症レベル」として「hs-CRP値が3mg/Lを超えるもの」と定義しており、被験者の22名は実験前に軽度炎症の状態にあると判断されました。
そしておばけ屋敷の実験から3日後、これら22名のうち18名(82%)はhs-CRP値の有意な減少を示しており、平均して実験前の5.7 mg/Lから3.7 mg/Lにまで低下していたのです。
以上の結果から研究者らは「レクリエーションの一環として誘発される程よい恐怖体験は、血中の炎症マーカーのレベルを有意に減少させており、体内炎症の緩和につながる可能性を示している」と述べています。
この知見を用いれば、おばけ屋敷のような一時的恐怖を与えるレクリエーションを正式な医療目的として利用できるようになるかもしれません。
しかしこれを医療に導入するには、一時的な恐怖刺激と免疫システムとのメカニズムをより詳細にしておく必要があると研究者は話します。
また、制御された恐怖を体験できるコンテンツはおばけ屋敷の他にも、ホラーゲームや映画、怪談話などたくさんあります。
こうしたホラーコンテンツを通じた恐怖体験にも同様の健康効果があると予想されるので、積極的にホラーを楽しむことは心にも体にもいいことなのかもしれません。
参考文献
The health benefits of fright: A haunted house study
https://medicalxpress.com/news/2024-11-health-benefits-fright-house.html#google_vignette
元論文
Unraveling the effect of recreational fear on inflammation: A prospective cohort field study
https://doi.org/10.1016/j.bbi.2024.10.036
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部