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しかし一方で、うつ患者がこうしたネガティブ・バイアスを持つことの背後にある脳メカニズムはいまだ解明されていません。
そこで研究チームは今回、感情を処理することで知られる脳領域の「扁桃体」に焦点を当てて、ネガティブ・バイアスに関与する脳回路を明らかにすることにしました。
ネガティブ・バイアスを生み出す脳回路を特定するため、チームはヒトの被験者とマウスの両方を用いました。
まずヒト被験者では、双極性障害(躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患)と診断されている成人患者48名を対象とし、そのうち23名は現時点でうつ症状を経験しています。
また対照群として精神疾患のない健康な11名も募りました。
これらの被験者にはネガティブ・バイアスの評価テストとして、さまざまな匂いサンプルを与えられ、それぞれの匂いに対し「快・不快・中性」とどのような感情を受けたかを回答してもらいます。
これにより、うつ患者はあらゆる匂いを不快と感じるネガティブ・バイアスを示すことが確認できました。
これと並行して、マウスにうつ状態を誘発する化学物質「コルチコステロン」を投与することで、同様のうつ状態を作り出しました。
そして先ほどと同じように、マウスを快・不快・中性の匂いにさらし、それぞれの匂いの近くで過ごす時間の長さを測定することで、うつ状態のマウスがネガティブ・バイアスを示すかどうかを評価しています。
さらに、関与する脳回路を解明するため、チームはマウスの脳スキャンを行い、扁桃体における2つの回路をモニタリングしました。
1つは「扁桃体基底外側核〜側坐核への経路」で、この回路は一般的にポジティブな感情体験と関連し、肯定的な体験をすると活性化することが知られています。
もう1つは「扁桃体基底外側〜扁桃体中枢への経路」で、ここは一般にネガティブな感情体験と関連し、否定的な体験をすると活性化することが知られています。
データ分析の結果、チームはヒトとマウスの両方で、うつ状態と正常な状態の間に有意な差があることを見出しました。
ヒトもマウスもうつ状態にあるときは、快または中性の匂い刺激に対してもネガティブな感情を抱き、元から不快な匂いに対してはより否定的な感情反応を示したのです。
これは健康なヒトとマウスでは見られませんでした。
そしてマウスにおける脳活動を調べたところ、うつ状態にある個体がネガティブ・バイアスを示すときは、匂い刺激に対してネガティブな感情体験と関連する扁桃体の回路がより強く活性化し、反対にポジティブな感情体験と関連する扁桃体回路はほとんど反応しないことが判明したのです。
わかりやすく言えば、うつ病マウスでは、ポジティブ感情を引き起こすスイッチがほとんどOFF状態になっており、ネガティブ感情を引き起こすスイッチが簡単にONになっていたのです。
この結果は、うつ患者があらゆる刺激を悲観的に捉えてしまう要因となっていることを示唆します。
その一方でチームは、うつ病マウスに抗うつ薬の「フルオキセチン」を投与すると、快および中性の匂い刺激にも脳が反応し始め、ネガティブ・バイアスが有意に減少することを発見しました。
まだヒトで確認していないものの、うつ患者にポジティブ感情を誘発して、うつ症状を効果的に緩和するための新たな治療法を開発する上で重要なヒントになるかもしれません。
これと別にチームは「今回の研究は匂い刺激のみを対象としているため、他の光や音といった刺激にも同じ脳回路が反応するかどうかを調べたい」と話しました。
うつ病患者は世界的に増加傾向にありますが、それと同時に、うつ病発症のメカニズムの解明が進むことで、効果的な治療法も見つかると期待されています。
参考文献
Brain circuits tied to depression’s “negativity effect” uncovered
https://www.psypost.org/brain-circuits-tied-to-depressions-negativity-effect-uncovered/
元論文
Disrupted basolateral amygdala circuits supports negative valence bias in depressive states
https://doi.org/10.1038/s41398-024-03085-6
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部