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具体的には、コントロールされた恐怖体験をすると生理的な高揚感が生じます。
コラット氏によると、私たちの脳は「脅威にさらされている」と感じるとアドレナリンが急増して、進化的に重要な役割を持つ「闘争・逃走反応(fight-or-flight response)」が引き起こされるのです。
闘争・逃走反応は、危機的状況に陥ったときに戦うか逃げるかを選択する反応であり、恐怖体験を生き延びる上でヒトを含む多くの動物に備わったと考えられています。
まず恐怖に直面することで心拍数や呼吸が速まり、脳内でアドレナリンが放出されて、瞬時に集中力が高まります。
そして状況に応じて、例えば、襲ってきた暴漢の体格を見て、「この相手なら戦って制圧できるな」とか「これは逃げた方が身のためだな」といった適切な判断を下します。
こうして危機を乗り越えた後には脳内で神経伝達物質のドーパミンが放出され、精神的な「安堵感」や「達成感」が生じ、自己肯定感の向上や自己の成長につながったり、心理的なレジリエンス(回復力)が高まるのです。
コントロールされた恐怖体験は、こうした一連のポジティブな反応をケガや命を失うリスクなしに得られるのです。
米ピッツバーグ大学の先行研究では、コントロールされた恐怖体験として、お化け屋敷を体験した被験者は、実験前に比べてストレス刺激に対する神経反応が低下しており、心理的により安定して、不安を抱きにくくなっていることが判明しました(NIH, 2018)。
これはホラー映画を観たり、怪談を聴くことが、自己肯定感の向上やメンタルヘルスの改善につながることを意味しています。
確かにホラーゲームをクリアした後は「よし、俺は恐怖に打ち勝ったぞ!」と何か自分が少し強くなったように感じますよね。
さらにコントロールされた恐怖体験には個人的なメリットだけでなく、集団的・社会的なメリットもあります。
私たち人間の根本には、人と人とのつながりを求めて、互いに助け合うことのできる集団や社会を形成しようとする性質が強く根付いています。
ヒトは弱肉強食の自然界においては肉体的に強い存在ではありません。一人で野生の中に放り出されて生き残るのは至難の業でしょう。
しかしヒトは古来、仲間と協力し、大きな社会集団を築くことで、地球上でここまで支配的な種となり得たのです。
こうした仲間同士の絆を深めるのに一役買ったのが「恐怖」なのだとコラット氏は指摘します。
その証拠にこれまでの心理研究で、火災や事故を一緒に生き延びた集団、自然災害を乗り越えた生存者たち、戦闘に参加した軍人のグループでは、お互いの心理的な絆が深まり、仲間意識が向上することが示されているのです。
このように恐怖体験を共有することで同胞意識が高まる心理反応の一つを「テンド・アンド・ビフレンド(Tend and befriend)」といいます。
例えば、ある集団が同じ脅威に直面すると、赤ちゃんや子供など弱い存在を守ろうとする反応(=Tend)が起こり、さらに危機を乗り越えるために仲間同士で団結する反応(=Befriend)が促されるのです。
この心理反応は男性でも見られますが、特に自分の子供を守ろうとする女性において強く起こる反応で、愛情ホルモンとして知られる「オキシトシン」の分泌によって調節されることがわかっています。
これらを踏まえると、一緒にお化け屋敷を乗り越えた友達同士は社会的なつながりが強化されると考えられます。
そして最後に、コントロールされた恐怖体験で培われた心の強さは、実際の恐怖体験への耐性を高めることにもつながるのです。
コントロールされた恐怖体験の積み重ねは最悪の事態に対処する訓練にもなる、とコラット氏は話します。
同氏いわく、娯楽を通じて繰り返された恐怖体験は、実際の事故や災害、パンデミックなどに冷静に対処するメンタルを養うことにつながるのです。
それは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が特に猛威を奮っていた2020年のとある研究で証明されました。
デンマーク・オーフス大学の研究チームは、コロナパンデミック中に310名の被験者を対象とした心理調査を行っています。
ここでは被験者が日常的にホラー映画やパンデミック映画をどれだけ観ているかを調べ、そうした習慣が実際のパンデミックに対する心構えやレジリエンス(心理的な回復力)とどう関係しているかを検証しました(Personality and Individual Differences, 2020)。
その結果、興味深いことに、ホラー映画やパンデミック映画を以前からよく観ていた被験者ほど、コロナパンデミックによって受けた精神的苦痛が少なく、ホラー映画をまったく観ない人たちに比べて、心理的な回復力も高いことが判明したのです。
これについて研究者らは、コントロールされた恐怖体験をすることが、実際に恐怖体験が起きたときのシミュレーションとして機能し、それに対して心の準備ができるようになるからであると指摘します。
例えば、『アウトブレイク』や『コンテイジョン』といったパンデミック映画を観ておくことで、感染症はどのように広まるのか、どんな準備や行動を取った人が生き残るのか、どういった行動が感染リスクを高める悪手となるのか、感染はどのように収束するのかを脳内でシミュレーションしておくことができるのです。
こうした日頃の心理的な訓練こそ、ホラー映画ファンがコロナパンデミック中でも安定したメンタルを保ちやすかった理由と考えられています。
以上のように、コントロールされた恐怖体験は、個人のメンタルを安定させたり、仲間の社会的つながりを強化したり、実際の恐怖体験への耐性を強めるなど、さまざまなメリットがあるのです。
ちょっとしたことでは動じないメンタルを養うためにも、日頃から恐怖を味わっておくことが大切かもしれません。
参考文献
Why Do People Love to Be Afraid? An Expert Explains Why Fear Feels Good
https://www.sciencealert.com/why-do-people-love-to-be-afraid-an-expert-explains-why-fear-feels-good
Psychology professor’s novels explore darker side of humanity
https://www.psu.edu/news/liberal-arts/story/psychology-professors-novels-explore-darker-side-humanity
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部