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ブラジル固有の植物「ヒペネア・マクランサ」は花粉を爆発させるように散布できる能力を持っています。
さらに南ア・ステレンボッシュ大学(Stellenbosch University)の最新研究で、本種は花粉を勢いよく発射することで、送粉者であるハチドリに先に付着していた他のライバル植物の花粉を吹き飛ばしていたことが判明しました。
これにより自分の花粉を優先的に広げて、繁殖成功率を高めていると考えられます。
研究の詳細は2024年10月の科学雑誌『The American Naturalist』に掲載されました。
目次
子孫を残すことは自然界に生きる生物たちの至上命題です。
生命の本質を突き詰めていくと、あらゆる生き物は自らの遺伝子を後世に伝えて、種を繁栄させるために弱肉強食の世界を生き抜いています。
それは植物にとっても同じことです。
ただ植物は土に縛り付けられているせいで、動物のように自ら移動してパートナーに直接アピールし、交尾をして、子供を授かることはできません。
そこで彼らはおしべの葯(やく)という袋の中にある「花粉」を飛ばし、同種の植物のめしべに受粉させて繁殖する方法を取っています。
そのプロセスで最重要になるのが、花粉の運び手となる昆虫やハチドリなどの「送粉者」の存在です。
もちろん風が花粉を運んでくれることもありますが、昆虫やハチドリは蜜を吸うために植物から植物へと渡り歩いてくれるので、体に付着した花粉が移動先の植物のめしべに受粉する確率が大いに高くなります。
ところがここで植物たちが直面する問題があります。
それは蜜を吸いに来た送粉者の体がすでに別種の植物の花粉で覆われてしまっていることです。
送粉者たちは都合よく、自分たちの種だけの蜜を吸ってくれるわけではありません。
そうなると例えば、植物種Aが自らの花粉を送粉者に付けたいのに、彼らの体はすでに植物種Bの花粉にまみれていて、もはや自分の花粉を付着させるスペースがない場合があるのです。
これではただ蜜を吸われるだけなので、植物種Aにとっては損でしかないでしょう。
こうした背景を踏まえて、研究チームは非常に興味深い繁殖戦略を持つ植物に注目しました。
ブラジル固有の赤い花を咲かせる「ヒペネア・マクランサ(Hypenea macrantha)」です。
ヒペネア・マクランサは赤い花弁が細長いことからも想像できるように、ハチドリが主な送粉者となっています。
ハチドリは空中でホバリングしながら、細長いクチバシを花弁に差し込んで蜜を吸う小鳥です。
そしてヒペネア・マクランサはハチドリのクチバシで突かれて刺激を受けると、花の先端部がゆっくりと開き始め、最終的に中に詰まった花粉をカタパルト方式で勢いよく発射するのです。
こちらが実際の映像。
花粉は秒速2.62メートルのスピードでハチドリに着弾します。
研究者らはこれを「爆発的花粉配置(explosive pollen placement)」と呼んでおり、植物界でも異例の行動として認識しています。
このような一風変わった方法を取る理由は、ハチドリにあると考えられています。
ハチドリは昆虫の送粉者と違って、花の上に直接着陸して蜜を吸うわけではないので、まず体に花粉が付きにくいことが挙げられます。
それからハチドリのクチバシは非常に細長いので、花粉の付着するスペースが限られています。
そこでヒペネア・マクランサは自ら花粉ブラストを発射させることで、ハチドリの体に花粉を付けているのです。
これは過去の研究で十分に指摘されていたことでしたが、研究チームは今回、花粉ブラストにはまだ別の利点があるのではないかと考えました。
それが「ライバルの花粉を吹き飛ばす」ことです。
もしライバルの花粉を吹き飛ばすことができれば、ハチドリが別種の植物の花粉にまみれていても、自分の花粉を多く付着させることが可能でしょう。
チームはこの仮説を検証すべく、実験を行いました。
実験ではまず、ハチドリの頭蓋骨標本を使い、クチバシにヒペネア・マクランサとは別種の植物の花粉を散布しました。
これらの花粉は蛍光標識によってUV光を当てると、光って目視しやすいようになっています。
そしてチームはハチドリのクチバシをヒペネア・マクランサの花弁に差し込んで刺激を与え、花粉ブラストを起こさせました。
その後、クチバシにUV光を照射して顕微鏡で残っている花粉粒をすべて数えて、実験前と比較。
するとヒペネア・マクランサの花粉ブラストによって元々の花粉粒の多くが吹き飛ばされて少なくなっており、逆にヒペネア・マクランサの花粉粒が多く付着していたのです。
この結果から、ヒペネア・マクランサの花粉ブラストはただ自分の花粉を送粉者に付着させるだけでなく、送粉者にあらかじめ付着していたライバル植物の花粉を吹き飛ばすのにも役立っていることが支持されました。
ステレンボッシュ大学の進化生態学者で、研究主任のブルース・アンダーソン(Bruce Anderson)氏は今回の結果を受けて、「私たちの発見は植物における競争的花粉除去(competitive pollen removal)という考えの初の証拠を提示するものである」と述べています。
ライバルの繁殖を阻止する機能は昆虫などでは知られています。
例えば、トンボやタガメのオスの生殖器は、メスの生殖器に入り込んだ他のオス個体の精子をかき出せるように進化しているのです。
しかし植物において、ライバル植物の花粉を除去できる能力を持った種はヒペネア・マクランサが初めてだろうとアンダーソン氏らは考えています。
こうした方法が実際の野生下でどれだけの効果を上げているかはさらなる調査が必要ですが、植物も土に縛られて動けないなりに、ユニークな繁殖戦略を進化させているようです。
参考文献
Explosive pollen wars: Plants fight for pollen-space on pollinators
https://www.eurekalert.org/news-releases/1061508
Explosive flower blasts beaks to dislodge rival pollen
https://newatlas.com/biology/hypenea-macrantha-flower-pollen-deposition/
元論文
Pollen Wars: Explosive Pollination Removes Pollen Deposited from Previously Visited Flowers
https://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/732797
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部