人気漫画のワンピースで剣士のゾロが世界一の剣豪ミホークにはじめて敗北するシーンは非常に印象的で、2人が口にしたセリフは名言と言われています。

敗北したゾロはミホークにナイフを胸に致命傷になるギリギリまで刺され、負けを認めなければこのままナイフを刺し込み殺すと言われます。

しかしそれに対してゾロは「ここを一歩でも退いちまったら、もう二度とこの場所へ帰ってこれねェような気がする」と言い、ミホークは「そう。それが敗北だ」と返しました。

このことから、勝負における敗北はメモ帳に単に勝敗記録が書き込まれるだけでなく、精神的に何か大きな変化が起きてしまうことを暗示させます。

心理学においてこの現象は「勝者敗者効果」と呼ばれており、直近の勝負での勝ち負けが、次の勝負の戦績において甚大な影響を与え、直近で勝った者は次の勝負で勝ちやすく、負けた者は逆に負けやすくなることが知られています。

この効果は自然界で生きる動物たちでは特に強力に作用しており、初戦で負けた動物は実力にかかわらず次の勝負で勝てる確率は劇的に低下することが示されています。

カナダのマクマスター大学(McMaster University:Mac)で行われた新たな研究では、この効果がEスポーツや文章読解力のような肉体を駆使しない分野でどのように働くのかが調べられました。

研究内容の詳細は『The Quarterly Review of Biology』にて発表されました。

目次

  • 勝負の記憶が引き起こす勝者敗者効果
  • 人間も勝者敗者効果からは逃れられない

勝負の記憶が引き起こす勝者敗者効果

厳しい自然界では、同種族の間でも激しい競争が行われています。

しかし競争者たちの体格とその勝負結果を記録していたある生物学者は、奇妙な現象に気付きました。

自然界で縄張りやメスを巡るオス同士の競争では、一般に体格が大きな個体が有利とされているにもかかわらず、直前の勝負の結果によって、その後の勝率が劇的に変わることが判明したのです。

直前の勝負に勝ったオスは、次の戦いに勝つ確率が上昇した一方で、直前の戦いで負けたオスは負ける確率が上昇していたのです。

ただ初期の観察が行われた段階では、単に強いオスが勝ち続け、弱いオスが負け続けている可能性がありました。

そこで研究者たちは、動物たちの勝負を人間のコントロール下に置いて行わせることにしました。

もし単に強いオスが勝ち続けているだけならば、勝敗の結果は実力(体格)に応じたものに収束するはずです。

ですが結果は全く違ったものになりました。

100%負けるという結果は、強力な心理効果が働いている証拠です / Credit:Canva . 川勝康弘

たとえばある魚類(トゲウオ)を調査した研究では、勝負を経験していない多数のオスが集められ、最初の勝負を終えたペアに、勝負未経験のオスと戦わせるという実験が行われました。

すると最初の勝負で勝ったオスが、勝負未経験のオスに勝つ確率は最終的に65%という高い値に収束することが判明しました。

言うまでもありませんが、あるオスが未知の相手との勝負に勝つ確率は平均すると50%になり、65%という数値はそれよりもかなり高いと言えます。

ですがより驚きだったのは、最初の勝負で負けたオスの戦績でした。

最初の勝負で負けたオスを勝負未経験のオスと戦わせた場合、その2戦目の勝率は実力に関係なく0%、つまり100%負けていることが明らかになったのです。

そして新しい勝負未経験のオスを何度引き合わせても、結果は変わりませんでした。

この結果は、単に強いものが勝ち続け弱いものが負け続けるときに現れる、実力をもとにした統計上の数値とは全く異なります。

つまり勝負に勝ったオスは次も勝ちやすくなり、勝負に負けたオスは次に負けやすくなるという実力とは別の仕組み「勝者敗者効果」が出現したことを示しています。

また続く研究により、類似の効果が哺乳類、鳥類、爬虫類、甲殻類、昆虫などにも存在していることが明らかになりました。

たとえばヘビ(アメリカマムシ)を調べた研究では、以前の戦いで負けたヘビは、次の相手より自分が10%大きくても、つまり実力的にかなり有利であっても「必ず負ける」ことが示されました。

またザリガニを用いた研究では、平均よりも小さいオスが大きな相手に戦って勝利すると、その後に大きな相手と戦った場合でも勝率が70%になることが示されました。

大金星は個体の競争力を本当に強くしていたのです。

一方で、小さい相手に負けてしまった大きなオスは、実力的に有利にもかかわらず、その後の戦いで勝てる確率は6%しかないことが示されました。

大金星が小さなオスを強化した一方で、大黒星は大きなオスを弱体化させてしまったわけです。

これらの結果は、直前の勝利が実力を遥かに上回る、勝敗の決定要因になっていることを示しています。

では人間の場合どうなのでしょうか?

人間も勝者敗者効果からは逃れられない

人間にも勝者敗者効果は表れるのか?

研究者たちが人間のテニス選手を対象に勝者敗者効果の検証を行ったところ、動物に非常によく似た影響が観察されました。

この研究ではテニスの第1セットのが僅差のポイントで決まったときに、つまり直前までほとんど点数差がなかった場合、第2セットの成績がどうなるかを調べました。

もし第1セットの内容が引き継がれた場合、第2セットでも点数は僅差となりやすく、一方の選手が勝つ確率は50%に収束するでしょう。

しかし結果は違いました。

第1セットで僅差の勝利を収めたプレーヤーは第2セットで勝つ確率は50%ではなく60%と高くなっていたのです。

この結果は、勝者敗者効果が連続した対戦でも発生することを示しています。

興味深いことに、このようなテニスでの勝者敗者効果が出現するのは男性プレーヤーだけであり、女性プレーヤーではみられませんでした。

また別の研究では、試合後の血中成分の分析を行うと、テニスで勝ったプレーヤーは血中のテストステロン値が上昇し、敗者は逆に低下することが示されました。

勝者敗者効果はセット制のスポーツにおいて甚大な影響力を誇ります / Credit:Canva . 川勝康弘

さらにバスケットボールについて調べた研究では、試合中に得点したプレーヤーは、その後のシュートの成功率が一時的に高くなることが示されました。

これらの結果は、勝者敗者効果が人間のスポーツの世界にも存在しており、直前のプレイの勝者はその後のパフォーマンスが上昇し、敗者は逆に低下することを示しており、それがホルモンのような生理学的現象によって導かれている可能性を示します。

しかし自然界やスポーツの世界では最初から選手の実力に差があり、もともとの実力差が勝者敗者効果に何らかの影響を与えている可能性もありました。

そこで最近行われた研究では実験的な環境で個体間の実力を等しくなるように調節した上で調査が行われましたが、この場合でもやはり勝者敗者効果があることが判明しました。

この結果は、勝者敗者効果があくまで勝負の結果そのものが原因であり、競争力の上下に繋がっていることを示しています。

一方で、戦いを経験しなかった中立的な個体は勝者と敗者の中間的な位置を占めていました。

では勝負に必要なのは勝ち負けの結果のみで、実力はあまり重要ではないかと言えば、そうではありません。

勝者敗者効果がない最初の戦いで勝利するかどうかは、実力によって左右されるからです。

また自然界のようなランダムな環境では初戦で負けてしまった個体同士の敗者復活戦も行われる可能性があるため、やはり実力が重要です。

敗者復活戦で勝利できれば、勝者敗者効果の恩恵を受けた状態で、次なる戦いに挑めます。

というのもこれまでの研究により、勝者敗者効果においてもっとも重要なのは直前の戦いであることが明らかになっているからです。

なので、これから勝負に挑もうとしている闘犬や戦鶏などの動物やスポーツ選手が最後の調整を行うときには、格上の選手とスパーリングをして敗北するのは避けたほうがいいと言えるでしょう。

もし大会に出場する動物なり選手が直前の練習試合でボロ負けしてしまった場合、勝者敗者効果の負の影響に捕らわれる可能性があるからです。

一方、実力的に最弱レベルの動物や選手が直近の勝負で負けてしまった場合「負け組」となる可能性もあります。

実力の低さに加えて勝者敗者効果のデバフがかかってしまうのは、最も避けたい事態と言えるでしょう。

そのような事態に陥るくらいならば、あえて「戦わない」という選択肢もあり得ます。

雑多な戦いに自ら進んで参加しなければ、勝者敗者効果のデバフを受けにくくなり、本当に自分が必要とする戦いに「中立的な存在」として挑むことができるからです。

そしてもし重要な戦いで「実力があるのに直前で負けてしまった」相手にあたった場合、大金星を挙げて、勝者敗者効果の恩恵を受けられるようになる可能性もあります。

しかし競争は、野生動物やスポーツ選手のように激しく肉体を使うものだけではありません。

たとえば趣味でやっているEスポーツや学生同士の成績の競い合いのような分野での競争も存在します。

これまでの研究では、そのような分野で人間において勝者敗者効果がどれだけ存在するのかはあまり詳しく解っていません。

勝者敗者効果は人間にも幅広い影響を与えています / Credit:Canva . 川勝康弘

そこで今回、マクマスター大学の研究者たちは、1人称視点のシューティングゲームと文章読解力の2つの分野において、勝者敗者効果が人間にどのような効果を与えるかを調べました。

調査にあたっては複数の被験者があつめられ、ビデオゲームでは1対1の対戦試合が組まれ、読解力では相手との文章の理解度が競われ初戦の勝者と敗者を確定させます。

次に勝者側と敗者側でランダムな抽選によりそれぞれ1名ずつが選ばれ、第2回戦が行われることになります。

もしビデオゲームも文章読解力も完全に実力に結果が沿い勝者敗者効果がない場合、初戦で勝ったひとが第2回戦で勝てる確率は50%を大きく超えることはないでしょう。

しかし結果は、初戦で勝ったひとが第2回戦で勝つ確率は統計的な数値を大幅に上回るものになりました。

またビデオゲームの実験でみられた勝者敗者効果は、文章読解力の実験でみられたよりも高くなっていることがわかりました。

1人称視点のシューティングゲームは相手を打ち倒し勝利するという点で、文章読解力の成績の比較よりも、より競争として生々しかったからだと考えられます。

ですが最も興味深かった点は、ビデオゲームと文章読解力でみられた勝者敗者効果は、男女両方に等しくみられた点にあります。

研究者たちは今後他の分野において、人間における勝者敗者効果がどのように現れるかを調査していきたいと述べています。

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参考文献

How “winner and loser effects”impact social rank in animals –and humans
https://www.journals.uchicago.edu/journals/qrb/pr/240805

元論文

Winner and Loser Effects and Social Rank In Humans
https://doi.org/10.1086/732049

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 格下の相手に負け続ける恐ろしい「勝者敗者効果」を人間で確認