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これまでの研究で、ハクジラ類は鼻の奥にある弁のようなものを振動させて音を出していることがわかっていましたが、ヒゲクジラ類にはそれと同じ器官がなく、どうやって発声しているのか不明でした。
そこで南デンマーク大学は今回、オーストリア・ウィーン大学(University of Vienna)と協力し、ヒゲクジラ類の発声の仕組みを調べることにしたのです。
チームは幸運なことに、研究所の近くで座礁して亡くなったばかりのザトウクジラ、ミンククジラ、イワシクジラ(すべてヒゲクジラ類)の標本を手に入れて、新鮮な喉頭(こうとう)を解剖することができました。
そして3種の喉頭を詳しく調べた結果、私たちヒトの喉頭とはまったく違う構造を進化させていたことが判明したのです。
ヒトの喉頭には、1対の小さなピラミッド型の軟骨(=披裂軟骨)が付いており、これが声帯の動きを可能にしています。
ところがヒゲクジラ類では、この1対の軟骨が互いに融合してU字型の硬くて大きな円柱状の骨に変わっており、それが喉頭のほぼ全域を覆っていたのです。
ウィーン大の生物学者であるテカムセ・フィッチ(Tecumseh Fitch)氏は「これはおそらく、水面に浮上して爆発的に大量の空気を吸い込むときに、硬くて頑丈な気道を維持しておくためでしょう」と話します。
さらにチームはこのU字型の構造が喉頭の内側にある大きな脂肪のクッションを押す仕組みになっていることを発見しました。
そしてヒゲクジラが大きな脂肪のクッションを押しながら肺から強く空気を出すことで、脂肪のクッションが振動して非常に低周波の音が発生することを突き止めたのです。
チームによると、こうした方法で発声する生物は他におらず、ヒゲクジラ類のみで特別に進化した発声システムであると指摘しました。
では、この発声方法でヒゲクジラ類はどれくらいの音を出し、どれくらい遠くまで声を届けられるのでしょうか?
ヒゲクジラ類の代表格であり、その中で最も大きな声を出すことで知られるのが「シロナガスクジラ」です。
シロナガスクジラはクジラ界だけでなく、地球上で最も大きな生物でもあります。
彼らは一般的に大きな群れをつくらず、単独で生活することが多いため、他の仲間やパートナーを見つけるときには発声を使ってコミュニケーションを取らなければなりません。
これまでの研究によると、シロナガスクジラの声の大きさは188デシベルに達することがわかっています。
騒音の目安でいうと、私たちが日常生活でうるさいと感じるブルドーザーやカラオケの室内の音が90デシベルで、ずっと聞き続けると聴覚に異常をきたすジェットエンジンの音が120デシベルです。
これを踏まえると、シロナガスクジラの声がいかに大きいかがわかるでしょう。
そのおかげでシロナガスクジラの声は条件さえ整えば、約1600キロ先の仲間にも自分の声を届けることができるそうです(NOAA fisheries)。
東京から上海までが約1700キロですから、シロナガスクジラが東京で叫ぶと、上海近くの仲間にもその声が聞こえるわけです。
ただし研究者らは、水中と空気中で音の響き方が異なる上、クジラの発する声は私たちの聴覚にはあまり聞こえない非常な低音域なので、近くにいても耳をつんざくほどうるさくはないだろうと述べています。
しかしヒゲクジラたちが独自の発声方法を進化させたにも関わらず、彼らは重大な危機に直面しています。
それが人間が発する騒音の問題です。
私たち人間は今、豊かな資源を求めて大々的に海に進出しており、船舶や海底の掘削活動など、あらゆる騒音を海の中に放っています。
研究主任のコーエン・エレマンス(Coen Elemans)氏は「1970年代にクジラの歌を発見したときに比べて、現在の海は人為的な騒音がはるかに増えている」と指摘します。
加えて、人間が出す騒音とクジラたちの声の周波数が完全に重なっているせいで、クジラたちはますます自分たちの声を聞き取りにくくなっていると考えられるのです。
そのため、人為的な騒音が深刻な場所では、シロナガスクジラの自慢の声も遠くまで届かなくなっているでしょう。
クジラ類にはシロナガスクジラを含めて絶滅が危惧されている種も多いため、海の巨人たちのコミュニケーションを邪魔しないような海洋保護活動が必須であるとエレマンス氏は話しました。
参考文献
Baleen whales evolved a unique larynx to communicate but cannot escape human noise
https://www.sdu.dk/en/om_sdu/fakulteterne/naturvidenskab/nyheder-2024/baleen-whales
How Far Can Blue Whales Hear?
https://www.iflscience.com/how-far-can-blue-whales-hear-73888
元論文
Evolutionary novelties underlie sound production in baleen whales
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07080-1
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。