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またマルハナバチは地下に巣を掘ることはありませんが、マルハナバチ女王だけは、地下で冬眠することが知られています。
夏の終わりにコロニーで新しくうまれた女王バチたちは、交尾が終わると地中に潜伏し、6~9カ月に及ぶ長期の冬眠に入り冬を生き延びます。
冬の間に働きバチや雄バチは死んでしまいますが、女王バチ(受精済み)だけは地下で生き延びて、新たなコロニー制作をスタートできます。
しかし長期間の冬眠は、決して安全ではありません。
地域によっては豪雨や雪解け水などによる川の氾濫で広い地域が一気に水没することがあり、地下で冬眠中の生物たちも水中に没してしまうからです。
そのためマルハナバチの女王は冬眠場所に、斜面など水はけの良さそうな場所を選ぶように進化しました。
ただそれでも対策は万全ではなく、年によっては生息地全体が洪水の被害に遭うケースも珍しくありません。
治水技術によって川の流れが制御できるようになった現在とは異なり、自然界において洪水はありふれた自然現象です。
では洪水が起こるたびに、当該地域に生息するマルハナバチは全滅していたのでしょうか?
研究を主導したサブリナ・ロンドー氏はもともと、土壌中の農薬や殺虫剤がマルハナバチの女王の冬眠に与える影響について調べていました。
マルハナバチの女王に寒い冬を生き延びる能力があっても、土壌が致死的な殺虫成分で汚染されている場合「冬眠=死」となってしまいます。
ハナバチは種子植物の80%の受粉にかかわっており、ハナバチの死滅は植物の死滅につながります。
私たちの多くは大量絶滅が起こるときには、まず植物が死んで、次に草食動物が死に絶え、そして肉食動物も死ぬと考えていました。
しかしハナバチの受粉に対する貢献度を考えると、主要な種子植物に大打撃を与えるにはハナバチを減らすだけで十分だったのです。
もし農薬や殺虫剤の乱用が拡大すれば、ハナバチの減少は加速していくでしょう。
ロンドー氏の研究は人類の自滅を避けるためにも非常に重要となっていました。
実験において、ロンドー氏はマルハナバチの女王の冬眠を模倣するために、上の図のように、チューブの底に土を敷いて女王バチを設置し、冷蔵庫で保管する方法をとっていました。
しかしある日、冷蔵庫をあけると、湿気のせいかチューブの内部に水がたまり、入れていた女王バチたちが水没してしまうというアクシデントがありました。
ロンドー氏もこのとき「女王たちはみな死んだと確信した」と述べています。
しかし驚くべきことに、水を取り除くと女王たちは無傷で目覚め、再び行動を開始したのです。
この奇妙な現象を目撃したロンドー氏は、マルハナバチの女王にはまだ発見されていない水没耐性があるに違いないと直感し、証明するための実験を開始しました。
新たな研究では、マルハナバチの女王の耐水能力が調べられました。
実験では上の図のようにチューブの中に土が敷かれ、その上から水が注がれます。
ただハチの体は水に浮く性質があるので、一部は完全に水没させるために上から棒で押さえつけます。
また水没期間は8時間、24時間、そして7日間の3通りが設定されました。
大規模な洪水が起きた場合、完全な水はけがおこるまでに数時間から数日にわたる長い時間が予想されるからです。
水没チャレンジが終わると、女王バチは再び土入りのチューブ(水なし)に移され、8週間にわたり4℃の冷蔵庫の中に入れられました。
こうすることで、冬眠中に洪水に見舞われ水没してしまった女王バチの環境を模倣することが可能になります。
結果、驚きの事実が判明します。
完全に水没させて7日間経過させても、女王バチの生存率はほとんど低下しなかったのです。
上の図は、水を入れない場合と、水を入れて浮かせた場合、そして上から棒で押して完全に水没させた場合を時間ごとにわけて示しています。
図をみてもわかるように、何もしていない場合も、水に浮かせたまま7日間経過させた場合も、そして水没させたまま7日間経過させた場合も、生存率にほとんど違いはなく、平均生存率は90%でした。
この結果は、冬眠中のマルハナバチの女王には1週間にわたり完全に水没していても生存可能であり、頻繁な洪水に適応していることを示しています。
しかしどうやってマルハナバチの女王は、1週間にもわたる水没を生き抜いていたのでしょうか?
昆虫には脊椎動物のような肺やエラは存在しませんが、腹部に気門という穴があって空気の出し入れを行っています。
そして入り込んだ空気は気管と呼ばれる管を通り抜ける過程で、酸素と二酸化炭素、そして水分の出し入れが行われます。
冬眠中のマルハナバチの女王はこの気門を開閉することで、体が水分を失い過ぎないように調節でき、長期に渡る閉塞も可能となっています。
また昆虫の体は防水性のあるクチクラでできた表皮で覆われており、水が勝手に体内に入り込むことも防止しています。
しかし水没した状況ではそもそも空気がありません。
そこで研究者たちは、体の表面と水の間にできた気泡が重要な役割を果たしていると推測しています。
冬眠中は必要とする酸素が極端に低下するため、体と水の間にできた僅かな気泡でも呼吸に使える可能性があるからです。
さらに以前の研究では、昆虫のサナギを長期間水没させ引き上げたところ、引き上げと同時に大量の二酸化炭素を放出させ、嫌気呼吸で蓄積していた乳酸に対処していることが示されました。
嫌気呼吸とは酸素を使わないタイプのエネルギー生産方法であり、細胞への酸素供給が少ない場合に起こります。
研究者たちは体と水の間にできた僅かな気泡と嫌気呼吸などの代替方法を駆使することで、マルハナバチの女王が長期間の水没に耐えていた可能性があると結論しています。
これまでの研究でも昆虫の多くが洪水を生き残るための耐水能力を獲得してきたことが示されていますが、多くは卵やサナギに対する研究結果であり、成虫で長期の水没に耐える能力がみつかったのは異例です。
研究者たちは今後、成虫のミツバチなどにも同様のテストを行い、同様の能力が他の昆虫でもみられるか確かめていくと述べています。
参考文献
Unveiling the submerged secrets: bumblebee queens’resilience to flooding
https://cassyni.com/slides/outline/AxeKtYsoBK2rYNGkAtPGH3
元論文
Unveiling the submerged secrets: bumblebee queens’resilience to flooding
https://doi.org/10.1098/rsbl.2023.0609
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。