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2004年から2023年まで、科学者たちは「シャチの認識」に対する問いに答えを出すことができませんでした。しかし、ときは2024年、アメリカ海洋大気庁(NOAA)のモリン氏(Phillip A. Morin)を中心とするチームがついに一つの結論を出しました。
その結論とは「少なくとも、北太平洋に生息するシャチは2つの異なる動物として認識すべきである」というものです。
モリン氏らは、これまで「シャチ」という名前(種名)でひとくくりにされていた生き物を「Orcinus rectipinnus(オルキヌス・レクティピヌス」と「Orcinus ater(オルキヌス・アータ)」という2種類に分けることを提案しました。
なお、前者のrectipinnusは「直立したヒレ」、後者のaterは「黒い」という意味です。
オルキヌス・レクティピヌスは2~3頭と小さい群れを形成し、クジラなどの大きな餌を食べるといった特徴をもっています。一方、オルキヌス・アータは10頭ほどの大きな群れを形成し、サカナなどの小さい餌を食べるという特徴をもっています。
また、体の形に注目すると、レクティピヌスは、アータに比べて大きいといった特徴があります。なお、この2種は、遺伝的にほぼ100%区別できることもわかっています。
さて、「動物の名前がわかれたことって、そんなに大事なことなの?」、「なんで日本語の名前で呼ばずに、こんな難しい言語で動物の名前を書いているの?」、「動物の名前はだれがどうやって決めるの?」と頭のなかにハテナマークがついた人がたくさんいるでしょう。
そこで、世の中にいる生き物の多様性を認識することがいかに大事であるか、また動物の名前に関するルールについて考えてみましょう。
科学者たちは「私たち人間がシャチと呼んでいる動物は、本当に“シャチという1つの動物”として認識してよいのだろうか」と考えていました。
さて、ここでいう”1つの動物”とはなんでしょうか?それは「交尾すれば仔を残せる動物たちのあつまり※1」のことを指します。こういった動物のあつまりを生物学では「種(しゅ)」と呼びます。ニホンザル、ミヤマクワガタ、ブラックバス、シュモクザメ…これらは全て種の名前(=種名)です。
ちなみに、同じ“種”という言葉が入っていても注意が必要な生き物たちがいます。それは、我々ヒトという動物です。ヒトという動物はアフリカにもヨーロッパにも住んでおり、しばしば我々はそれぞれのヒトを「人種」と呼んで区別したりします。
ではアフリカ人とヨーロッパ人は違う”種”なのでしょうか?
答えはNOです。なぜなら「アフリカ人とアメリカ人は、交尾すれば子を残せる」からです。
では「犬種」はどうでしょうか?チワワとトイプードルは似ても似つかない生き物ですので異なる種なのでしょうか?
答えはNOです。なぜなら「チワワとトイプードルは、交尾すれば仔を残せる」からです。
※1 より正確に言うと種とは「交尾すれば、次世代をつくりだす能力(稔性)を持った仔を残すことができる動物のあつまり」です。例えば、ライオンとトラは交尾すれば、仔を産むこと自体はできます。しかし、そうして産まれた仔は、仔を残す能力を持っていません。よって、ライオンとトラは別の生き物(種)だと結論を下せます。
人がなぜ生物の種を細かく分類するのか? というのは難しい質問ですが、現代においてはその生物の保全に役立てるためという目的があります。
とにかくこの”種”を認識する、ということが、生き物を守るうえではとても大事です。
それはなぜでしょうか?
一言でいえば「私たちはまず、ある対象を認識し、そして、その対象守る計画を立てますが、そもそも対象を認識することができなければ、当然、計画を立てることもできない」という至極当然の理由です。
生き物の保全でいえば、この対象にあたるものが種です。つまり、種として認識できないものを守る計画を立てるということは不可能だということです。
今回のシャチの例を単純化して考えみましょう。
まず、シャチは1種だけであるという世界を考えてみます。シャチと呼ばれている動物のなかには魚ばかり食べている集団もいれば、クジラなどばかり食べる集団もいることはすでにわかっています。
さて、シャチの個体数が減ってきたという報告が徐々に増えてきました。では、餌である魚を守るという保全戦略は有効でしょうか?
魚ばかりたべるシャチには効果的な戦略といえるでしょうが、クジラばかり食べるシャチにはあまり効果的な戦略とはいえないでしょう。それに、仮にクジラばかり食べるシャチが絶滅したとしても、シャチが絶滅したということにはなりません。
では、魚ばかりたべるシャチとクジラばかり食べるシャチが別の種として明確に認識されている世界ではどうでしょうか? おそらく、シャチが1種だけであるという世界よりも、それぞれの種に適したより効果的な保全戦略を策定することができるでしょう。
このように、種を認識するということは、生き物を守る計画を考えるうえでは、最も基本的であり、もっとも大事な作業といえます。
最初にお話ししましたが、シャチは10のタイプに分類できるという考え方が一般的になりつつあります。この研究に発端として、これからシャチという生き物が、さらに細かく分類されていくかもしれません。
さて、シャチという生き物は「Orcinus rectipinnus(オルキヌス・レクティピヌス)」と「Orcinus ater(オルキヌス・アータ」という2種類に分かれるそうです。
この英語っぽい名前はあまり親近感を覚えるものではありません。新しく分類されたシャチにも、カブトムシ、パンダ、マンタのように日本語の名前(和名)を付けてほしいものです。
しかし、この英語っぽい名前は動物の名前を考える上では避けて通ることはできない、超重要な名前です。
記事の最後に、生き物の名前の関するルールについて考えてみましょう。
全ての生き物には世界共通のラテン語の名前がつけられおり、それは「学名」とよばれます。
例えば、我々ヒトという動物には「Homo sapiens (ホモ・サピエンス)」という学名があります。
同様にカブトムシには「Trypoxylus dichotomus」、ホオジロザメには「Carcharodon carcharias」という学名があります。
気が付いた方もいるかもしれませんが、学名は日本人の名前でいう「名字 + 名前」というように、二つの要素から成り立っています。このようにして学名を書くことを「二名法(にめいほう)」などと呼び、前半は「属名」、「後半」は種小名といいます。
この学名のルールに従ってシャチの名前をみてみましょう。
Orcinus rectipinnusの場合、Orcinusが属名、rectipinnusが種名にあたります。次にOrcinus aterの場合、Orcinusが属名、aterが種名になります。
属名が同じなのは一目瞭然です。これがなにを意味するかのかというと、この2種は非常に似た動物であるということです。つまり、Orcinusというグループの中に、rectipinnusと aterという種がいるということです。
生き物の名前はこのように入れ子状になっており、学名の表記方法を詳しく学ぶと、どの生き物同士が近い仲間なのかすぐにわかるようになります。
ちなみにこの学名、いったいだれが、どうやって決めているのでしょうか?
その答えは「その生き物の暮らしや姿を詳しく記載し、そして学名を提案することを目的とした”記載論文”を書いた人」が決めています。雑に言うと、記載論文を書く早い者勝ちで決めています。
学名が便利なことはわかりましたが、ラテン語ネイティブではない人にとっては覚えにくいため、やはり日本語の名前(=和名)が欲しくなります。
では、和名はいったいだれが、どのように決めているのでしょうか?
実は和名の決め方には、学名ほどしっかりとルールがきまっておらず、研究者たちの間で慣習的に使われている名前が、そのまま和名になるというケースが多いようです※2。
※2ただし一定のルールを定めている場合もあります。例えば、生き物の和名に差別用語(例えば、”コビト”や”イザリ”などは使用禁止です)を含めてはならないなどです。
今回新たにOrcinus rectipinnusとOrcinus aterが種として記載されましたが、まだ和名は決まっていません。
ですが、実はこの2種、日本の北海道近海に生息していることが分かっています。
加えて、日本では名古屋港水族館と鴨川シーワールド、そして2024年に開園する須磨シーワールドではシャチが飼育されています。
私たちのなかにはこれから、水族館や観光地、そして図鑑やネットにてシャチを目にする人がたくさんいるでしょう。そのとき、Orcinus rectipinnusとOrcinus aterはどのような和名で記載されているのでしょうか?
今後シャチについて解説している記事をみつけた際には、ぜひ新しい学名と和名をチェックしてみてください。
参考文献
Lost Skulls and Latin: How Scientists Chose Names for Newly Identified Killer Whale Species
https://www.fisheries.noaa.gov/feature-story/lost-skulls-and-latin-how-scientists-chose-names-newly-identified-killer-whale-species
元論文
Revised taxonomy of eastern North Pacific killer whales (Orcinus orca): Bigg’s and resident ecotypes deserve species status
https://doi.org/10.1098/rsos.231368
ライター
近本 賢司: 動物行動学,動物生態学の研究をしている博士学生です.動物たちの不思議な行動や生態をわかりやすくお伝えします.
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。