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そして近年の研究では、他者が近くにいると、主観的な気持ちだけでなく、客観的な指標である心拍数や皮膚電気活動といった生理的反応も変化することが明らかになりつつあります。
例えば、赤の他人がパーソナルスペースに入ってくると、心拍数の上昇や皮膚電気活動の活性化など、交感神経が刺激されることが分かっているのです。
(※ 自律神経は「交感神経」と「副交感神経」の2つに分かれており、交感神経は活発に動く時や緊張している時に活性化し、副交感神経は休息時やリラックスしている時に活性化する)
その一方で、親しい友人が近くにいる場合に、同じような生理的反応の変化が起こるかどうかは調べられていませんでした。
そこで研究チームは、親しい間柄にある友人のペア16組を対象に、さまざまな位置関係で立っているときの心電図データを記録しました。
データ分析の結果、親しい友人と正面で向かい合っている場合、他の位置関係に比べて、被験者の心拍数が有意に低下することが判明しました。
加えて、心電図データから自律神経の活動を調べたところ、休息時やリラックス時にはたらく副交感神経が活性化していたことが分かったのです。
これは親しい友人の存在が私たちの生理的反応にポジティブな作用を与え、心拍数の低下につながったことを示しています。
さらに興味深いことに、心拍数が低下するかどうかは友人との立ち位置によって変わりました。
例えば、友人の右顔を見ている条件(R-see)と友人に自分の右顔を見られている条件(R -seen)では、副交感神経の変化はないものの、心拍数の低下が確認されています。
一方で、友人の左顔を見ている条件(L-see)や友人に自分の左顔を見られている条件(L-seen)、それから友人が背後にいる・友人の背後を見る条件では、心拍数の変化は観察されませんでした。
その理由はまだ定かでありませんが、研究者らは「利き手側と非利き手側によってパーソナルスペースの感じ方が変わってくるからではないか」と推測しました。
ただこの点については今後の研究課題となります。
それでも今回、親しい友人が目の前にいるだけで副交感神経が活性化し、人々をリラックスさせる効果があると分かったのは貴重な知見です。
チームはこの結果が、教育や臨床現場における円滑な対人コミュニケーションを確立する上で大いに役立つと考えています。
例えば、対人不安など社会的な困難を抱える人がより生きやすくなるような社会づくりに貢献できるでしょう。
研究主任の向井香瑛(むかい・かえ)氏は次のようにコメントしています。
「目覚ましいデジタル技術の普及により、私たちは遠隔地にいる他者とも簡単に連絡やコミュケーションを取ることができる時代になりました。
本研究は、あえてそのような時代に“オフラインでのやりとりが私たちの身体にどのような変化を生み出すのか?”という問いをリサーチクエスチョンに据え、取り組んできた研究です。
今後も引き続き、人同士のオフラインのコミュニケーション場面に着目し、二者や集団内でのやりとりが私たち自身にどのような変化を生じさせているのかを調べていきたいと思います」
在宅ワークやオンライン授業が広まっている今こそ、対人コミュニケーションが持つ効果に目を向けることが大切かもしれません。
参考文献
眼前の友人の存在は心拍数の減少を引き起こす
https://www.waseda.jp/inst/research/news/76753
元論文
Electrocardiographic activity depends on the relative position between intimate persons
https://doi.org/10.1038/s41598-024-54439-5
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。