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送られたきた映像を見たスタック氏は驚きを隠せませんでした。
当然それは、この映像がザトウクジラの交尾の初目撃例だったからです。
しかし驚きはそれだけで終わりませんでした。なんと性行為をしているザトウクジラは、2頭とも「オス」だったのです。
2頭はそれぞれクジラA・Bとの記号名を割り当てられ、より体の大きなBが両の胸ビレでAの胴体を抱き抱えるようにし、下腹部から突き出した巨大な白い性器をAに押し当てていました。
Aにメスのような挿入口はないものの、BはAの性器がしまわれているスリット(割れ目)を目掛けて自分の性器を挿入しようとしていたといいます。
ザトウクジラのオスの性器は水中での抵抗を減らすために平常時は体内に収納されており、交尾の際に外部に露出します。
スタック氏は「ザトウクジラの繁殖行動は何十年にもわたって研究されてきたにも関わらず、ほとんど謎のままでした」と説明。
その上で、今回の発見はザトウクジラの珍しい性行動を報告しただけでなく、「オス同士の交尾が存在することを示した注目すべき出来事であり、ザトウクジラの行動に関する私たちの先入観を覆すものです」と述べました。
同性愛はヒトを含む霊長類の他、イルカやゾウ、カラス、ウシ、ウマなど、あらゆる動物グループで広く見られる行動です。
その目的は、社会的結びつきの強化、コロニー内における支配関係の確立、繁殖行動の練習、単純な性的快楽といったいくつかの説が提唱されています。
ザトウクジラについてはこれが初の目撃例であるため、どんな目的があるかは定かでありませんが、スタック氏は他の動物と同じような社会的機能を持つのではないかと考えています。
しかも今回の記録には、さらに驚くべき点があったようです。
この同性による交尾行動は、互いの同意のもとではなく、クジラBによる一方的な強制行為であった可能性が高いというのです。
スタック氏によると、ザトウクジラAとBの健康状態には明らかな差が確認できるといいます。
より体の大きなBは至って健康で、見た目にも目立った外傷や病気の兆候は認められていません。
しかしながらAの方は不健康にやせ細っており、体表面には寄生虫による感染が見られ、体全体の色も白っぽくくすんでいたのです。
また写真からも明らかですが、クジラA(下)は顎にひどい損傷を負っていました。
怪我の原因は明らかではありませんが、研究者は大型船舶との衝突によって起きるクジラの怪我に似ていると話します。
こうした怪我は致命傷ではなかったとしても、結果的に数カ月程度でクジラの命を奪うことになります。
そのため寄生虫の量や身体の状態からみても、クジラAはすでに瀕死の状態にあった可能性が高いようです。
つまりAはBの行動に対して何も抵抗できない状態にありました。
またAは身体をS字に曲げている様子が見られますが、これはストレスの多い状況下でクジラが取る体勢であるという報告があります。
このことからAはBの行為を嫌がっており不本意な性行為だった可能性があるのです。
ただ、それもこれも結論を急ぐ段階にはまだないようです。
スタック氏は今後、ザトウクジラの交尾行動の観察例を増やすことで、同性愛がオスとメスとの交尾と同じくらいに普遍的なものなのか、それとも極めて珍しい例外なのか、また同性愛にはどんな目的があるのかを明らかにしたいと考えています。
参考文献
First-Ever Photos Of Humpback Whale Sex Involve Two Males
https://www.iflscience.com/first-ever-photos-of-humpback-whale-sex-involve-two-males-73150
Humpback sex photographed for first time – and both whales were male
https://www.theguardian.com/environment/2024/feb/28/humpback-whales-sex-photographed-homosexual-behavior
元論文
An observation of sexual behavior between two male humpback whales
https://doi.org/10.1111/mms.13119
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。