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イルカの耳も同じです。
陸上時代の外に張り出た耳は水中生活に不向きなため、イルカはこれを捨てて小さな穴に変えました。そして鯨類のこの耳の穴は塞がっているため、ほとんど音が聞こえません。
そのためイルカは顔に届いた音を内耳に届けるため、頭部の中に「音響脂肪(メロン)」と呼ばれる組織を発達させたのです。
これは脂肪が筋肉よりも音波を伝えやすい性質があることを利用したものと見られます。
イルカが超音波を使って周囲の状況を感じ取っているのは有名ですが、こうした音波を感じ取れるのも音響脂肪によるものです。
では、イルカの音響脂肪はどこから進化したのでしょうか?
研究チームは今回の新たな調査で、その答えを見つけました。
チームは今回、ストランディング(座礁したり漁網に迷い込む事故)で亡くなったネズミイルカとカマイルカの遺体を対象に調査を行いました。
遺体の各組織からサンプルを取り出し、それぞれの部位ごとに遺伝子の発現パターンを分析します。
音波を伝えるための「音響脂肪」のサンプルとしては、おでこにあるメロンと呼ばれる脂肪体の他、下あごの内部と外部にある音響脂肪を調査。
また音響脂肪の比較対象として、胴体の皮膚、筋肉、ブラバー(胴体にある層の厚い皮下脂肪)、メロン周りの筋肉などを調べました。
具体的には、組織サンプルから約7万個の遺伝子発現物質を特定し、その発現パターンを調べることで、これらの部位がどのように獲得されたのかを遺伝的に突き止めます。
そして各組織の遺伝子発現パターンを比べてみた結果、各部位の筋肉は筋肉同士と、皮膚は皮膚同士と、音響用ではない普通の脂肪は脂肪同士とパターンが似ていることが分かりました。
これは胴体の筋肉や皮膚、脂肪が陸上時代も変わらず同じ組織だったことを意味します。
ところが、音響脂肪であるメロンや下あごの脂肪体だけは、筋肉と脂肪の入り混じった中間的な遺伝子発現パターンを示したのです。
実際、音響脂肪で発現している遺伝子には、筋組織に関連する遺伝子が多く含まれていました。
チームはこれについて「イルカの音響脂肪がもともとは筋肉だったことを意味する」と説明します。
さらにチームは、下あご外部の音響脂肪が「MYH16(ミオシン重鎖16)」という遺伝子を発現していることを特定しました。
このMYH16は陸生哺乳類において咀嚼筋に特異的に発現する遺伝子です。
つまり、イルカは陸上時代の咀嚼能力を捨て去る代わりに、その筋肉を音響脂肪に変化させることで、高度な聴覚を手にしたと考えられるのです。
そして、獲物を噛めなくなった代替案として丸呑みスタイルを確立したものと思われます。
以上の結果はイルカの咀嚼と聴覚の間に進化上のトレードオフが起きていたことを示す初の成果となりました。
生命はこのように体の機能を柔軟に変えることで、生息環境のお引越しを可能にしているようです。
参考文献
イルカの音響脂肪はもともと筋肉だった~イルカは噛むことをやめることで、水中で高度にはたらく聴覚を進化させた~
https://www.hokudai.ac.jp/news/2024/01/post-1386.html
元論文
A tradeoff evolution between acoustic fat bodies and skull muscles in toothed whales
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0378111924000489
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。