昔から、不老不死を求める物語は人々を魅了してきました。

例えば、スペインの探検家フアン・ポンセ・デ・レオンは、若返りの泉を探し北アメリカのフロリダへ遠征しました。

また秦の始皇帝は不老不死の霊薬を求めて3000人の童男童女と技術者を含む大船団を東方に派遣しました。

しかし、本当の若返りの秘密は、私たちの体内の細胞に隠されていたのです。

米国のコールドスプリングハーバー研究所 (CSHL) で行われたマウス研究によって、私たちの体内に既に存在するT細胞を再プログラムして老化細胞と戦う方法が開発されました。

この先進的な治療法は、高齢者の健康を向上させ、加齢による衰えを「逆転」させる可能性を秘めています。

さらに、若いマウスに投与した場合、加齢による衰えも防ぐ効果がありました。

私たちの体内に眠るこの驚くべき力を目覚めさせることができれば、人類は長年の夢であった永遠の若さを手に入れることができるのでしょうか?

研究内容の詳細は2024年1月24日に『Nature Aging』にて公開されました。

目次

  • T細胞を改造して老化細胞を攻撃させる
  • たった1回の注射で生涯に渡り老化細胞を攻撃できる

T細胞を改造して老化細胞を攻撃させる

私たちの体は、時間とともに老化します。

老化細胞は、人体の老化に伴って再生を停止した細胞であり、加齢に伴う健康低下の主な原因と考えられています。

老化細胞は、もはや分裂せず、炎症を引き起こす物質(老化関連分泌表現型:SASP)などを放出することが特徴です。

若い人の体ではそれらの物質を探知することで直ぐに老化細胞が除去され、組織の恒常性の回復を促進することができます。

しかし、年齢を重ねるにつれて生成と除去のバランスが崩れて老化細胞が蓄積し、慢性的な炎症など加齢に関連したさまざまな組織病変を引き起こします。

肌のツヤがなくなったり消化器官の能力が落ちてくるのは、環境の影響でDNAが劣化するだけでなく、体全体で老化細胞の占める割合が増加しているのも原因となっています。

人間社会で例えるならば、会社の中にあまり働かない老害が増えてくると、組織全体が活力を失っていく状態と言えるでしょう。

高齢者の中にも若々しい細胞は存在しますが、老化細胞があるせいで若々しい細胞が十分に増えることができません。

活発でない老化細胞の割合が増えてくると、お肌は張りとツヤがなくなり、臓器では機能が低下して、若さを失っていきます。

(※老化細胞になることには、実はがん細胞にさせないという大きなメリットも存在します。再び人間社会でたとえるなら、反社会のテロリスト(がん細胞)になるくらいだったら役立たず(老化細胞)にしてしまったほうが被害が少ない……といった感じでしょう)

この問題に取り組むために、近年では「老化細胞破壊治療法」というアプローチがなされています。

これはその名の通り、老化細胞に存在する特定の分子を目印にして、老化細胞を取り除くというものです。

従来の多くの治療は、繰り返し投与が必要な小分子薬の開発に注力していました。

ただ老化細胞は全身に広がっているため、健康な組織を傷つけることなく老化細胞だけを破壊するのは非常に困難です。

これまで数々の動物実験において抗老化薬の候補が発見されてきましたが、多くは長期間に渡り繰り返し接種する必要があるため、アンチエイジング療法としては敷居が高くなっていました。

T細胞を操作して「若さの泉」とすることに成功! / Credit:Canva . 川勝康弘

そこで今回、コールド スプリング ハーバー研究所の研究者たちは、身体自身のT細胞を、周囲の健康な組織を無傷のまま残しながら老化細胞を殺すように特別にプログラムできるのではないかと考えました。

(※改造されたT細胞は白血病などの治療に使われるCART細胞の概念を流用しています)

例えるならば、体内で警官として戦うT細胞に対して老化細胞をウイルスや病原菌と同じように異物して認識する訓練を行う方法と言えます。

といっても、訓練を行うには若い細胞と老化細胞を見分ける手段が必要です。

そこで目をつけたのが細胞表面に存在するuPARタンパク質でした。

たった1回の注射で生涯に渡り老化細胞を攻撃できる

T細胞を操作して「若さの泉」とすることに成功! / Credit:Corina Amor . Prophylactic and long-lasting efficacy of senolytic CAR T cells against age-related metabolic dysfunction . Nature Aging (2024)

uPARタンパク質は上の図が示すように、老化細胞の表面に数多く存在していることが知られています。

そこで研究者たちはuPARタンパク質を表面に沢山持つ老化細胞を攻撃するようにT細胞を再プログラムしました。

細胞分裂を停止した老化細胞を排除していけば、残るのは新鮮な若い細胞のみになるという考えです。

結果、改造T細胞を投与された老マウスは体重が減り、身体活動が増し、さらに代謝と耐糖性能が改善されていることが判明します。

また若いマウスに投与した場合、老化の進行を妨げる効果があることが判明しました。

上の図は青い部分が老化細胞となっています。

子供のときに改造T細胞を投与された老マウスの膵臓サンプルでは青色の部分が少なく、膵臓が若々しい状態であることを示しています。

研究者たちは「改造T細胞を高齢のマウスに与えると若返り、若いマウスに与えると、老化が遅くなることがわかりました。現時点で同じことができる治療法は他にありません」と述べています。

T細胞を操作して「若さの泉」とすることに成功! / Credit:Corina Amor . Prophylactic and long-lasting efficacy of senolytic CAR T cells against age-related metabolic dysfunction . Nature Aging (2024)

また若いマウスに予防的に改造T細胞を投与すると、老年期の代謝低下が制限されることも判明しました。

具体的には、改造T細胞で治療したマウスは、空腹時血糖値が有意に低下し、耐糖能が改善され、グルコース刺激性インスリン分泌によって評価した場合、膵臓ベータ細​​胞機能が強化されました。

身体能力の点では、若い頃に改造 T細胞で治療されたマウスは、対照治療マウスと比較して、生後9カ月でより高い運動能力を示しました。

また高脂肪食を食べさせてメタボリックシンドロームにさせたマウスに対して改造T細胞を注射したところ20日後には体重が大幅に減少し、空腹時血糖値が改善し、耐糖能とインスリン耐性の両方が改善されました。

総合すると、これらの結果は、改造T細胞胞が年齢依存性の代謝低下を治療できるだけでなく予防できることを示しています。

生活習慣病や身体能力の低下は老化症状の一種であるため、若返ることで逆転させることが可能なのです。

しかしこの驚くべき治療の優れた点は、持続力にあります。

薬などに用いられる化学薬品は体にとって異物であるため、絶えず排出されてしまいますが、T細胞には「生きた薬」として体内に非常に長期間存続する能力があります。

そのため研究者たちは「若いときに改造T細胞を1度注射するだけで、生涯に渡って老化防止の利点を得られる可能性がある」と述べています。

この研究は、古代からの夢であった永遠の若さを求める人類の探求に、新たな希望をもたらしています。

未来において、この治療法が人間の患者にも適用されれば、人類は長い間探し求めてきた「若返りの泉」をついに発見することになるかもしれません。

その日が来れば、医学の歴史における最も重要な進歩の一つとして記憶されることでしょう。

研究者たちは今後、改造T細胞が若さだけでなく寿命そのものも延長できるかどうかを確かめていくと述べています。

不老に加えて不死も成り立つ日は、思ったより遠くなさそうです。

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参考文献

The fountain of youth is … a T cell?
https://www.cshl.edu/the-fountain-of-youth-is-a-t-cell/

元論文

Prophylactic and long-lasting efficacy of senolytic CAR T cells against age-related metabolic dysfunction
https://www.nature.com/articles/s43587-023-00560-5

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 T細胞を再プログラムして特定の老化細胞を攻撃させ「若返る」ことに成功