今、現代人の間では「孤独」が一つの流行病として蔓延しています。

社会の複雑化やネット環境の充実化に伴い、「上手く自分の居場所が見つけられない」「一日誰とも会わずに過ごした」「腹を割って話せる友人はいない」といった問題を抱える人は増えています。

そこから来る孤独感は心身に多大な悪影響を及ぼしており、世界的にも無視できない問題となっています。

かといって今から親しい友人をつくったり、地域のサークルやコミュニティに参加するのはハードルが高いものです。

ところが最近、トルコ・サバンチ大学(Sabanci University)の研究で、孤独感を減らし人生の幸福度を高めるには、見知らぬ人に挨拶するという瞬間的な交流でも十分な効果があることが明らかになりました。

散歩中のご近所さんやスーパーの店員さんとの簡単な挨拶が、孤独感を和らげ幸福度を高めてくれるかもしれません。

研究の詳細は、2023年11月17日付で学術誌『Social Psychological and Personality Science』に掲載されています。

目次

  • 現代社会に蔓延する「孤独」の危機
  • 見知らぬ人と挨拶するだけで幸福度がUP!

現代社会に蔓延する「孤独」の危機

現代社会に蔓延する「孤独」の危機 / Credit: canva

世界保健機関(WHO)は最近、「孤独は世界的な公衆衛生の問題であり、現代人に差し迫った健康上の脅威である」と宣言しました。

アメリカ公衆衛生局長官で医学博士のビベク・マーシー(Vivek Murthy)氏は、今年5月に公開したレポートで「孤独の健康への悪影響は1日15本分の喫煙に相当する」と指摘しています(Our Epidemic of Loneliness and Isolation, 2023:PDF)。

この例えは決して大げさなものではありません。

実際にこれまでの研究で、慢性的な孤独感が心身ともに様々な疾患の発症リスクを高めることが示されているのです。

例えば、社会的な繋がりの喪失による孤独感は、心臓病のリスクを29%、脳卒中のリスクを32%増加させ、さらに不安・うつ病・認知症・呼吸器系疾患・ウイルス感染のリスクを高めることが分かっています。

孤独は不摂生な生活と同レベルの健康リスクになる / Credit:canva

現代人はこうした孤独の悪影響を受けやすい状態にあります。

職場や学校、地域での付き合いなど、社会や集団の構造がどんどん複雑化することで、自分に合う居場所を見つけることが難しくなっているのです。

また都市化により集合住宅が増えた結果、私たちは隣に誰が住んでいるのかもよく分からない状態にあります。

加えて、ネットやリモート技術の発達に伴い、仕事も在宅でできますし、買い物もスマホ一つで簡単に済ませられます。

人と人との身近な繋がりは希薄になり、その穴を埋めるために私たちはSNSに居場所を求めます。

しかし匿名性を基本とするSNSは、相手がどんな人物でどこに住んでいるのかも不明瞭であり、簡単にお互いを傷つけあってしまいます。

こうなると現代人の孤独感はますます深まってしまうばかりです。

さらにここに追い打ちをかけるように、新型コロナウイルスのパンデミックが襲来し、多くの人が孤立した状況に追いやられました。

2022年の政府調査では、日本在住の約2万人(16歳以上)を調査したところ、実に40%が孤独感を感じていることが判明しています(日本経済新聞, 2023)。

しかし、親密な人間関係を構築することは簡単なことではありません。多くの人はそれができなくて孤独に悩まされています。

では、人間関係の構築を回避して孤独による健康への悪影響を免れる方法はあるのでしょうか?

そこでサバンチ大学の心理学研究チームは、新たに友人をつくったり、地域のコミュニティに参加しなくても、幸福度を高められる簡単な方法を検証することにしたのです。

見知らぬ人と挨拶するだけで幸福度がUP!

従来の研究の多くは、幸福度の向上に寄与する方法を探る上で、友人との交流やコミュニティへの参加など、社会的に密接で深い繋がりばかりに注目してきました。

しかし、そうした方法は多くの人にとってハードルが高いものです。

そこでチームは今回、見知らぬ人との挨拶や短い会話がメンタルヘルスに与える影響を調べることにしました。

調査ではトルコとイギリスの2つの大規模集団を対象に、日常における見知らぬ人との挨拶や短い会話の頻度について質問しています。

例えば、散歩中にすれ違った人と「こんにちわ」と挨拶しているかとか、買い物先の店員さんと短い会話をしたりするかなどです。

その後、参加者には自身の生活満足度を0〜5段階で評価してもらいました。トルコでは合計で3266件、イギリスでは6万141件の回答が得られています。

そしてデータ分析をした結果、見知らぬ人と挨拶や短い会話をよくする人では、そうしたやり取りを避けている人に比べて、日常生活での孤独感が減り、人生全般への満足度および幸福度が有意に高くなっていることが判明したのです。

見知らぬ人と挨拶するだけで幸福度が向上 / Credit: canva

特にここでは正の相関が見られ、見知らぬ人と挨拶する頻度が多ければ多いほど、満足度や幸福度も高まっていました。

この結果は、親しい付き合いに焦点を当てた従来の研究と異なり、親交のない他者との短く簡単な交流でもメンタルヘルスにポジティブな作用があることを示唆するものです。

この理由について、研究主任のエスラ・アシギル(Esra Ascigil)氏は「定期的に見知らぬ人と交流することが、社会的なコミュニティに属しているという感覚につながり、”自分が人々に受け入れられている”という帰属意識を高めるからではないか」と指摘しました。

ただ、知らない人に軽く挨拶したり雑談を持ちかけたり出来る人というのは、そもそも陽気な性格の人であって、それ故に幸福度も高いのではないか、と感じる人もいるかもしれません。

しかし、知らない間柄での刹那的なコミュニケーションは、何も対面以外で実現できないわけではありません。

掲示板の書き込みに反応をもらうことや、動画配信で書き込んだコメントを配信者に読み上げてもらうなどの行為も、同様に孤独感を和らげ幸福度を高めてくれるかもしれません。

今回の研究結果に従えば、孤独感の悪影響を緩和し、気分を向上させるには、何も親しい友人とガッツリ会話しなくても、赤の他人と軽く挨拶を交わすだけでいいのです。

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参考文献

Study suggests greeting strangers can boost happiness levels
https://medicalxpress.com/news/2023-12-strangers-boost-happiness.html

Brief conversations, such as saying “hello”to a stranger, boost life satisfaction
https://www.earth.com/news/brief-conversations-with-strangers-boost-life-satisfaction/

元論文

Minimal Social Interactions and Life Satisfaction: The Role of Greeting, Thanking, and Conversing
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/19485506231209793

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「見知らぬ人と挨拶する」だけでも孤独感が減り、人生の幸福度が高まる!