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スイスのローザンヌ大学(UNIL)で行われた研究によって、ヨーロッパからアジアにかけて広い範囲に生息するホオヒゲコウモリ(Eptesicus serotinus)のオスは、ペニスが巨大すぎてメスに挿入することができず、先端をこすりつけるだけの交尾方法を取ることが示されました。
コウモリは狭く暗い場所に生息しているため、その交尾の様子はなかなか観察されることができませんでしたが、今回の研究はその様子の撮影に成功したと言います。
このコウモリのペニスは勃起するとメスの膣よりも7倍長く、先端部の球状の頭は膣口の7倍の幅にも達し、物理的に挿入不可能とのこと。
なぜホオヒゲコウモリのペニスはそんなに巨大化したのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年11月20日に『Current Biology』にて「コウモリの挿入しない交尾(Mating without intromission in a bat)」とのタイトルで公開されています。
目次
交尾行動は動物の性選択において重要な役割を果たしますが、多くの種においてその詳細はまだ解明されていません。
特にコウモリは、夜行性で捕まえにくい生態のため、その生殖行動がほとんど研究されていませんでした。
しかしヨーロッパに広く生息する一般的なコウモリの一種ホオヒゲコウモリ(Eptesicus serotinus)の最近の研究では、オスの陰茎が通常の哺乳類とは多くの点で異なることが明らかになりました。
この種は、陰茎が非常に大きくペニスの全長はメスの膣の全長の7倍以上長く体長の22%に達し、先端部の幅も膣口の幅の7倍以上の太さがあります。
このような巨大ペニスでは、本来の目的、すなわちメスの体内に挿入して精子を放出することが不可能です。
では物理的にメスの身体へ挿入が不可能な生殖器を持つこのコウモリたちは、どうやって子孫を残しているのでしょうか?
そこで今回、ローザンヌ大学の研究者たちはホオヒゲコウモリたちの約100回に及ぶ交尾を記録し、巨大ペニスをどのように使っているかを調べることにしました。
観察の結果、上の動画のようにコウモリたちは哺乳類では初発見となる「接触交尾」を行っていることが判明しました。
接触交尾とは、オスメスの生殖器同士をこすり合わせるだけで挿入の伴わない交尾の方法です。
このような交尾方法は主に鳥類が行っています。
鳥類はほとんどの種がペニスを持っておらず尿も糞も精子も全て同じ「総排泄腔」と呼ばれる共通の穴から排出します。メスも同様に総排泄腔が膣としても機能します。
そのため鳥類は交尾の際、生殖器の挿入を行わずお互いの総排泄腔をキスさせるようにくっつけて交尾を行うのです。
これまではどの哺乳類でも、オスのペニスをメスの体内に挿入すると考えられていましたが、今回の発見によって哺乳類でも挿入しない交尾が行われていることが明らかになりました。
実際の交尾では、まず逆さまの状態でオスがメスを掴み、完全に勃起したペニスがメスの尾膜を回避して素早く探るような動きをしました。
コウモリの尾膜は後ろ脚と尻尾の間に展開されている膜であり、コウモリたちの飛翔制御に使われています。
ただこの尾膜はメスの生殖器を隠すように展開されており、オスの交尾行動を妨げる防壁としても機能しています。
研究者たちは、オスの巨大化したペニスはこの邪魔な尾膜を物理的にズラすために発達した可能性があると述べています。
これはホオヒゲコウモリのメスたちは尾膜というパンツを履いていると言い換えることができるかもしれません。手を使うことができないオスたちは、こkのパンツをズラすためにペニスを特殊な形状に進化させる必要があったのでしょう。
またホオヒゲコウモリのペニスの先端は、2つの球が並んだ構造をしており先端に数本の毛が生えていますが、この巨大な先端部と毛はメスの生殖器を探すセンサーとして機能しているとのこと。
観察映像では、オスのペニスがメスの生殖器を探っている最中でも、メスは交尾に伴う鳴き声を上げていることが記録されていました。
これは挿入がなくとも、彼らにとってはこれが正常な交尾行動であることの証拠だと考えられます。
そしてペニスの先端がメスの生殖器に到達すると先端が膣口に押し付けられ、射精が行われるまで位置が保持されました。
挿入できず擦り付けるだけというのは、ずいぶん切ない交尾に感じられますが、これが彼らの繁殖行動のようです。
また観測された映像ではほとんどの交尾が1時間以内に完了しました。(例外的に13時間近くも交尾を続けたケースもみられました)
今回の研究は欧州に住むホオヒゲコウモリのみが観察の対象となりましたが、研究者たちはメスが同様の尾膜を持つ他のコウモリでも起こる可能性が高く、コウモリにおいては一般的な交尾形態の可能性があると述べています。
コウモリのペニスの形態は極めて多彩であり、他にも知られていない奇妙な交尾形態が存在するかもしれません。
参考文献
Caught not quite in the act: church cameras reveal bat sex ritual
https://www.theguardian.com/science/2023/nov/20/caught-not-quite-in-the-act-church-cameras-reveal-bat-sex-ritual
元論文
Mating without intromission in a bat
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)01304-0#%20
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。