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近年の急速な遺伝工学の進歩により、生命の設計図であるDNAを読み取るだけでなく、人工的に組み立てることが可能になってきました。
そこで着目されたのが、人工合成されたDNAを遺伝子として持つ、生命の作成です。
人工的に作られたDNAであっても、配列が適切なものであれば、細胞内部で生命の設計図として働くことが可能なはずだからです。
この予想は正しく、これまでの研究により細菌やウイルスなどの遺伝子を、全て人工DNAに置き換える試みに成功しました。
しかし人間と同じく細胞内に核を持つ「真核生物」のゲノムは細菌やウイルスよりも遥かに複雑です。
たとえば大腸菌のような細菌には1本の染色体しかありませんが、真核生物である酵母の場合、16本もの染色体を持つことが知られています。
そのため真核生物のDNAを人工物に置き換える試みは、難航していました。
そこで今からおよそ17年前、アジア・ヨーロッパ・北アメリカ・オセアニアなど複数の研究者たちが合同して、完全合成ゲノムを持つ酵母株の作成を目指す「Sc2.0」と呼ばれるグループが立ち上げられました。
研究グループは手始めに、酵母の16本の染色体を1本ずつ順番に人工物に変えることを目指しました。
人工染色体を組み立てるにあたっては、ゲノムの不安定性を排除するため、何も遺伝子をコードしていないジャンクDNA(イントロン)やゲノム内部を飛び回ってDNA配列を破壊してしまう、トランスポゾンと呼ばれる反復配列も削除されました。
(※トランスポゾン(反復配列)はDNAの配列を不安定にする「ゲノム寄生虫」として知られています。ゲノム寄生虫はゲノム情報に寄生することで、情報としての自己を複製することで生存しています。このような寄生虫の存在はDNAを不安定化させる要因となります)
ゼロからDNAを組み立てるメリットの1つは、これらジャンクDNAやゲノム寄生虫を組み立て段階で排除できる点にありました。
またDNAを組み合立てるにあたり、アミノ酸を運んでタンパク質を作るための遺伝子「トランスファーRNA(tRNA)」も削除され、まとめて1本の完全に新規な染色体(17番目)に集められました。
トランスファーRNA(tRNA)の遺伝子はDNA配列が不安定化しやすい変異のホットスポットとして知られており、人工染色体の安定性を高めるには、それぞれ元の染色体から切り離して1つにまとめておく方が有用と判断されたからです。
加えて、DNA配列の一部を染色体間で交換できるようにする部位を新たに3000カ所、ゲノムに追加しました。
この組み換え部位は自由にオンオフを切り替えることが可能で、オンにすれば組み換えが多発し、超高速での進化を促せます。
この仕組みは主に産業用途を主眼にしており、高速進化を促すことでより有用な生物を生み出すことを目的としています。
研究ではこれら改定の設計は主にコンピューター内部で行われ、設計図に基づいて実験室内でDNAの組み立てが行われていきました。
結果、この試みは順調に進み、1本の人工染色体と15本の天然染色体から成る、酵母家系が作成されました。
人工染色体をまとめるために研究者たちがとった方法は、交配でした。
酵母は単細胞生物ではありますが、しばしば交配によってお互いの遺伝子を混ぜ合わせた次世代を作ることが知られています。
そのため人工染色体を1本ずつもつ家系を上手く交配することで、人工染色体を2本持つ新たな家系を作ることが可能になります。
たとえば、2番が人工染色体の酵母と5番が人工染色体の酵母を掛け合わせ、結果として生じる子孫の中で2番と5番の両方が人工染色体であるものだけを選びます。
人工染色体には人工物であることを示す複数の色素マーカーが組み込まれているため、研究者たちは視覚的に選別することが可能です。
研究ではこの過程を繰り返し、人工染色体の割合を高めていきました。
ただ交配は単純作業とは程遠い困難なものでした。
人工染色体を組合わせるたびに「デバッグ」が必要になったからです。
作業の基本は、2家系の酵母を組合わせ、人工合成染色体を2倍にするというもので、一見すると単純に思えます。
しかし実際は、2本以上の人工合成染色体が同じ細胞内にある場合、バグが発生し、細胞の生存や増殖能力に問題が発生することがありました。
原因は、研究者たちが加えた変更でした。
研究者たちは既存の知識をもとに、生命活動や増殖能力に悪影響が及ばない範囲で改定を加えてきました。
しかし人工DNAの割合を増やしていくと、変更しても問題ないと思われていた部分が、悪影響を及ぼしていることが判明したからです。
また厄介なことに、人工染色体の数が増えるにつれて、デバックの問題はより複雑になっていきました。
しかし研究者たちは地道なバグとりを続け、最終的に全ゲノムの50%以上が人工DNAで構成される、合成酵母を作り出すことに成功します。
新たに創造された酵母は、天然の酵母と同じ速さで増殖することが可能であり、人工DNAが酵母の命の営みを支えられることが示されました。
研究者たちは「生物学は今後、生命を人工的に構築することで、生命を理解する形式に変化していくだろう」と述べています。
一方研究者たちは、人工生命体が環境に逃げ出す危険性についての対策も進めているとのこと。
今回の研究でも、天然の生命との生存競争に勝てないように、生命機能の一部にハンデを負わせる方法が導入されています。
また人工酵母を作成するために開発された技術は現在、マウスのゲノムを書き換えて、人間に近いマウス系統を作るために使用されています。
こうした試みは薬剤などの人間に対する影響を、マウスからでも正確に確認しやすくするために役立ちます。
(※マウスのゲノムは酵母の200倍もあるため、全てを人工DNAに置き換えるには、多くの時間がかかるでしょう)
ただもしゼロから生命のDNAを製造するボトムアップ式の技術が完成すれば、さまざまな生物の利点を取り込んだ、優れた農産物や畜産動物が作られるでしょう。
元論文
Debugging and consolidating multiple synthetic chromosomes reveals combinatorial genetic interactions https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(23)01079-6#%20 Design, construction, and functional characterization of a tRNA neochromosome in yeast https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(23)01130-3?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867423011303%3Fshowall%3Dtrue Rise of synthetic yeast: Charting courses to new applications https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666979X23002732?via%3Dihub