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ナナフシは植物の種子のように硬い殻に包まれた卵を産みます。また生まれたときから大人と同じ形で、自ら歩くことができます。
さらにナナフシは基本的にメスだけで繁殖できる種です。
オスとの交尾も行いますが、非常に珍しく、そもそもオス自体の発見が難しいといいます。
そこでチームは2018年に、ナナフシの受動分散が理論的に可能か調べるため、卵をヒヨドリに食べさせてみました。
すると一部の卵が無傷のまま排泄され、幼虫が問題なく孵化できることが確認されたのです。
加えて、ナナフシの成虫は頻繁に鳥に食べられていることや、メスのお腹には成熟して硬くなった卵がたくさん入っていることも分かりました。
これらを総合すると「ナナフシが鳥に食べられた場合、卵が消化されずに排泄され、それが孵化して分布拡大に寄与する」というのは十分にありえる話なのです。
その一方で、ナナフシの受動分散が野生下で本当に種の分布拡大に寄与しているかどうかは不明でした。
そこでチームはあるポイントを調べることで、ナナフシの受動分散が実際に起こっているかどうかを確かめました。
チームは今回、日本全国から野生のナナフシを採集し、その「遺伝子型」を調べることで、種の長距離分散が起こっているかどうかを検証しました。
どうして遺伝子型を調べるのでしょうか?
まず、翅(はね)のないナナフシは自らの力では高山や川、海といった障壁を越える移動はほぼ不可能です。
したがって、もし捕食者による受動分散が起こってないとすれば、高山や川、海で隔てられた個体群間での移動がほぼないと考えられます。
その場合、障壁を隔てた個体群間での遺伝子交流が起こらないので、その地域にのみ特有の遺伝子型を持つはずです。
ところが、東北・関東・中部・近畿・中国・四国にまたがるナナフシの遺伝子型を調べた結果、いずれにおいても採集地と遺伝子型の間に特異的な関係性は見られず、遠距離でも遺伝的に近縁なナナフシが見つかったのです。
特にミトコンドリアの配列については、最大で683キロ離れた場所でも同一の配列が確認できました。
つまり、これはナナフシが高山や川、海などの障壁を越えて移動していることを示しています。
さらにチームは「距離による隔離」の効果も検討しました。
「距離による隔離」のルールに従えば、分散能力に乏しいナナフシは遺伝子交流が制限されるため、遺伝的距離と地理的距離に「正の相関」が生じるはずです。
言い換えれば、グループAとグループBのナナフシの生息域が近いほど、両者の遺伝的な類似性も近くなり、グループAとグループBの生息域が遠いほど、両者の遺伝的な類似性も遠くなります。
しかし今回の遺伝子分析では、ナナフシに「距離による隔離」は一切見られず、彼らは海や山を越えて拡散していることを強く証明する結果となりました。
これまでの研究を踏まえると、ナナフシを食べて卵の運び手となる捕食者にはさまざまな種がいるようです。
例えば、ヒヨドリ、ハシブトガラス、シジュウカラ、カケス、モズ、ノスリといった鳥たちがナナフシを捕食することが知られています。
ハシブトカラスに至っては1羽の胃の中から最大17匹ものナナフシが見つかった記録があるほどです。
これはたった1羽の鳥によってかなりの数の卵が遠隔地に運ばれる可能性を示唆しています。
加えて、雑食性の哺乳類もナナフシの受動分散に一役買っているかもしれません。
例えば、ニホンザルやイタチ科のテンがナナフシを食べており、その糞からナナフシの卵が頻繁に見つかっています。
彼らのような捕食者がナナフシの卵を長距離拡散することで、非常に離れた場所でも遺伝的に近縁なナナフシが確認できるのでしょう。
これまで、昆虫は鳥に捕食されれば子孫もろとも生存の可能性を失うというのが一般的な定説でした。
しかし本研究の成果から、ナナフシはむしろ鳥に食べられることで初めて自らの遺伝子を遠くまで拡散できるようなのです。
ナナフシにとって死は種の繁栄の始まりに過ぎないのかもしれません。
参考文献
飛べない昆虫「ナナフシ」の長距離分散の痕跡を遺伝解析で発見 ~鳥の摂食による移動は頻繁に起こっていた!?~ https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2023_10_11_01.html Death is only the beginning: Birds disperse eaten insects’ eggs https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe_en/NEWS/news/2023_10_11_01.html元論文
Phylogeographical evidence for historical long-distance dispersal in the flightless stick insect Ramulus mikado https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2023.1708