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アルツハイマー病の初期段階では、記憶と関連する脳の構造、特に海馬と嗅内皮質の著しい萎縮が見られます。海馬の萎縮はアルツハイマー病のリスク要因として指摘されており、先行研究では歯の数の減少や歯周病との関連性が示唆されています。
動物実験では歯の喪失や歯周病が海馬の神経変性を引き起こすことが報告されています。しかし、ヒトを対象とした研究では、歯数や歯周病と海馬の萎縮速度との間に明確な関連性が確認されていません。
脳の萎縮は、口腔内の炎症によって引き起こされる可能性があります。もし、歯周病が重度で炎症の程度がひどければ、海馬の形態に影響するかもしれません。
すなわち、歯の数と脳の形態変化との関連は歯周病の程度に依存するという関係が成り立つと考えられます。
そこで、東北大学の研究グループは、中高年後期のMRI健診参加者を対象に、歯数や歯周病と4年間の海馬の萎縮速度との関連を解析しました。
結果、軽度の歯周炎患者では歯の数が少ないほど左海馬の萎縮速度が速く、重度の歯周炎患者では歯の数が多いほど萎縮速度が速いことが明らかになったのです。
研究者らは、岩手県に住む55 歳以上の健診受診者のデータを用いて、歯の状態と海馬萎縮の進行との関連性を調査しました。
研究開始時の参加者は、2009年4月から2017年に脳MRIを2回以上撮像した172名です。
平均年齢は67歳で、歯科検診および記憶力テスト、ならびに海馬の体積を測定するための脳スキャン(研究開始時と4年後)を受け、研究開始時に記憶障害がないことが確認されました。
研究者らは、参加者を対象に、歯数や歯周病と海馬の萎縮速度との関連を解析しました。また、歯数や歯周病と認知機能検査の点数変化との関連についても、同様の解析を行いました。
その結果、歯の数と歯周病の相互関連を考慮した解析では、軽度の歯周病では歯の数が少ないほど左海馬の萎縮速度が速く、重度の歯周病では歯の数が多いほど左海馬の萎縮速度が速いことが明らかになりました。
下のグラフでは、上2つ(赤と青)は軽度、下2つ(緑と紫)は重度の歯周病を示しています。縦軸は左海馬の萎縮速度(値が小さいほど萎縮速度が速い)、横軸は歯数の数です。軽度では右上り(歯数が少ないほど萎縮が早い)、重度では右下がり(歯数が多いほど萎縮が速い)となっていることがわかります。
年齢に換算すると、軽度の歯周病患者では、歯が1本減ると左海馬の萎縮速度は約0.9歳分速まるとされ、一方で重度の歯周病患者では、歯が1本増えるごとに左海馬の萎縮速度は約1.3歳分速まるとのことです。
歯周病の程度によって歯の数との関連が逆転する現象は、認知機能検査の点数変化でも認められました。
歯周病が軽度の場合には、歯の数が少ないほど認知機能が低下するのに対して、歯周病が重度になると、歯の数が多いほど認知機能が低下する傾向がありました。
研究者は、次のように述べています。「本研究は、単に歯を残すだけでなく、残った歯の歯周病を適切に管理し、健康な歯を多く残すことが重要であることを示しています。
45歳以上の過半数が歯周病を有している日本において、重度の歯周病の歯を残すことが海馬の萎縮を速めるという本研究の結果は、認知症予防の考え方に大きな影響を与える可能性があります」
ただし、この研究は、あくまで相関を示したものであり歯周病や歯の喪失がアルツハイマー病を引き起こすことを証明するものではありません。
また、日本の一地域のみで実施された任意の疫学調査から抽出されたデータであるため、直ちに一般化することができないという限界があります。
確かなことを示すには、より大規模なグループで継続した調査が必要となるでしょう。
研究者らは今後、海馬の萎縮の進行と歯科健康との関連性を評価するためのさらなる研究を行うことを計画しています。
歯の健康を保つメリットは、通常考えられている以上に多いかもしれません。
歯磨きをサボらないように、注意したいですね。
参考文献
歯数や歯周病と海馬の萎縮速度との関連を解明 重度の…| プレスリリース・研究成果 | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY- https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2023/07/press20230706-03-dental.html元論文
Associations of Dental Health With the Progression of Hippocampal Atrophy in Community-Dwelling Individuals: The Ohasama Study | Neurology https://n.neurology.org/content/early/2023/07/05/WNL.0000000000207579