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現在の臓器移植において最大の障害は、摘出された臓器の保存期間の短さにあります。
持ち主の体から摘出された臓器が体外で保存できるのは、心臓と肺ならば6~8時間、肝臓は12時間、膵臓で18時間、腎臓で36時間までになっています。
そのため、せっかく臓器が提供されても、多くが届けられる前に時間切れを迎えてしまいます。
たとえば制限時間が厳しい心臓と肺では提供されたうちの60%、長い腎臓でも20%が届けられる前に期限が切れて、廃棄されてしまいます。
そのため古くから、提供された臓器を冷凍保存する方法が調べられてきました。
受精卵や精子などは機能を保ったまま凍結保存できるため、同じことが臓器にも可能になれば、臓器不足の問題は大きく改善するはずです。
しかし残念なことに、凍結保存された臓器を移植に使う試みは、最終的に全て失敗に終わりました。
最大の障壁となっていたのは「水の結晶(氷)」です。
それも凍結時ではなく、むしろ「解凍時に生じる氷」が最大の壁になっていたのです。
なぜ水の結晶化が問題なのか?
それは細胞内部の水が結晶化(固体化)すると、成長する氷の剣によって細胞がズタズタに引き裂かれてしまい、常温に戻したとしても生命活動が不可能になってしまうからです。
凍結保存されているイチゴを溶かしたことがある人なら、解凍しても生鮮食品売り場で売っている生イチゴには戻らず、黒ずんだドロドロの液体になってしまうのを知っているでしょう。
これは主に凍結時に発生する細胞破壊のせいです。
また水は結晶化すると体積が増えるため、全体を同時に冷やさないと臓器全体に無数の細かな亀裂が発生して毛細血管が寸断され、生き返ることをさらに困難にします。
鶏や肉の内臓(ホルモン)を解凍しても変わらず美味しく食べられるので問題ないように思えますが、生きた臓器として復活させるには毛細血管の保護は最優先事項の1つになります。
そのため過去に行われた研究では凍結防止剤を大量に使って氷の形成を邪魔しつつ、氷が形成される温度を超特急で過ぎ去ることで、水を液体のまま凍結させる「ガラス化」が試みられてきました。
「冷やすと最終的に氷ができてしまうのでは?」と思われるかもしれませんが、違います。
冷蔵庫などでは水が冷やされていくことで熱を失って氷になりますが、実は結晶化して分子が規則正しく並んだ氷になるには、ある程度の熱が水に残っている必要があるのです。
水を常温からマイナス150℃まで一気に奪ってしまう急速な冷凍をすると、水は氷の結晶を作る間もなく、ガラスのようにランダムな分子配列のまま固めることが可能になります。
ガラス化した水は分子が規則正しくならんでいないため、氷の結晶のように細胞を傷つけることはありません。
そのため現在、精子や卵子を凍結保存する場合にもガラス化する方法が主流となっています。
ガラス化は臓器を生きたまま凍結保存する最善の方法と言えるでしょう。
実際、過去に行われた臓器の凍結保存の研究でも、ガラス化によって細胞を傷つけずに臓器を凍らせることに成功しています。
しかし移植される臓器は「冷やされる段階」と「解凍される段階」の2つで、水が結晶化して氷になる温度を通り過ぎる必要があります。
そして現在に至るまで凍結保存された臓器の移植に失敗してきたのは、この解凍を素早く行うことができなかったからです。
鶏肉や牛肉でもしばしば、凍らせるより温めるほうが時間がかかります。
急速凍結させるにはマイナス150℃という猛烈な低温を使って一気に冷やしますが、解凍では逆に100℃、150℃という高熱を使うわけにはいきません。
そんなことをすれば、出来上がるのは移植用臓器ではなくモツ鍋になってしまうからです。
そのため解凍には時間がかかり、結果として氷ができる温度帯にも長時間さらされて、氷の発生と臓器の損傷が起こってしまいました。
つまり「上手く凍結できても上手く解凍できない」状態にあったのです。
そこで今回ミネソタ大学の研究者たちは急速解凍を可能にする新たな方法を開発しました。
どんな方法で急速解凍を実現したのか?
答えはナノ粒子と電磁波にありました。
研究ではまずラットから腎臓の摘出(手順①)が行われ、次に腎臓の血管に凍結防止剤に鉄ナノ粒子を加えたものを流し込みました(手順②)。
ラット腎臓に凍結防止剤と鉄ナノ粒子が十分に浸透すると、ラットの腎臓は黒ずんでくると、いよいよ急速凍結がはじまります。
黒ずんだラットの腎臓は液体窒素によってマイナス150℃まで一気に冷やされ、ガラス化させられます(手順③)。
研究ではラット腎臓の凍結された状態で100日間保存されました(手順④)。
ここまでは、鉄ナノ粒子を加えた以外は、大きな差はありません。
ですが100日が経過しいよいよ解凍となると、研究者たちは冷えたラット腎臓をらせん状のコイルの中心に配置して交流電流を流して電磁波を発生させ、さらに正極と負極を毎秒36万回反転させました(手順⑤)。
こうすることでラット腎臓内の鉄ナノ粒子が激しく振動して熱を発生させ、腎臓全体を均等かつ90秒という極めて短期間に急速解凍が行われます。
すると腎臓細胞を傷つけずに生命活動が再開しはじめます。
腎臓が解凍されると研究者たちは腎臓の血管を灌流装置に繋ぎ、腎臓内部の凍結防止剤と鉄ナノ粒子の洗い出しが行われました(手順⑥)。
凍結防止剤も鉄ナノ粒子もガラス化している細胞には無毒ですが、生きている細胞には毒となるので洗い出さなければなりません。
凍結防止剤と鉄ナノ粒子が洗い出されると、腎臓は摘出直後のような新鮮な色合いを取り戻していきました。
最後に研究者たちはあらかじめ腎臓を取り除いた5匹のラットに、解凍された腎臓を移植しました(手順⑦)。
もし移植された腎臓が上手く働かなければ、移植されたラットたちの命は失われるでしょう。
しかし幸いなことに移植された腎臓は徐々に機能を蘇らせていき、3週間には移植を受けたラットたちの腎臓にかかわる数値は、正常なラットと変わらない水準に達しました。
この結果は、凍結保存された腎臓を100日間保存し解凍して移植する「摘出➔凍結➔保存➔解凍➔移植」という全ての過程を実現できたことを示します。
研究者たちは現在、同様の凍結・解凍の実験をより大きく人間と似たサイズを持つ豚の臓器で行う準備を行っているとのこと。
鉄ナノ粒子と電磁波を使った方法は基本的にサイズの制約を受けないため、あらゆる臓器の素早く均質な解答ができると考えられます。
もし豚などの臓器で上手くいけば、早ければ1、2年以内に人間の臓器を使ったテストを開始されとのこと。
ただテストを行うには「移植に使える臓器」を科学実験に使うことになり、1個の臓器でテストを行うたびに、救えない命を1人うみだすことになります。
また凍結保存された臓器は、基本的には新鮮な臓器の性能には及びません。
新鮮な腎臓を移植された場合、ラットの腎臓機能は直ぐに再開しますが、凍結保存された腎臓を使った今回のケースでは、正常な機能を回復するまで3週間のタイムラグがありました。
また腎臓のダメージレベルを比較したところ、やはり凍結保存されていた腎臓のほうが新鮮な腎臓に比べてダメージの蓄積が多くなっていることがわかりました。
また人間での臨床試験を行うには、新鮮な臓器の提供を受けられる可能性のある患者に、凍結保存された臓器を移植するリスクを背負ってもらうことになります。
ただ臓器の凍結保存法が確立され臓器バングの運用がはじまれば、その恩恵も絶大なのもになるのも確実です。
臓器提供の意思表示がされている場合、亡くなった人のあらゆる消化管、骨髄、神経系、皮膚、四肢、眼球、筋肉、生殖器、靭帯などが時間の制限なしに凍結保管され、1つの命が無数の人々を救うことになるからです。
そうなれば新鮮な臓器を移植するケースは「贅沢」なものになるかもしれません。
参考文献
Researchers perform first successful transplant of functional cryopreserved rat kidney https://twin-cities.umn.edu/news-events/first-successful-transplant-functional-cryopreserved-rat-kidney元論文
Vitrification and nanowarming enable long-term organ cryopreservation and life-sustaining kidney transplantation in a rat model https://www.nature.com/articles/s41467-023-38824-8