- 週間ランキング
このプロセスは主に、イカの皮膚組織にある「白色素胞(Leucophore)」という細胞が担っています。
白色素胞には、先に述べた「リフレクチン」というタンパク質が含まれており、これが白色素胞の光の反射・吸収の仕方を変えてくれるのです。
具体的にいいますと、白色素胞では無数のリフレクチンが寄り集まってナノ構造を形成しており、筋繊維の伸び縮みによってリフレクチンの配置を変えることで、光の反射・吸収の仕方も変化させます。
リフレクチンが密集していると光を反射率が上がって白色化し、リフレクチンが広がっていると透過率が上がって透明化するのです。
そこで研究主任のアロン・ゴロデツキー(Alon Gorodetsky)氏は「イカのこの特性をヒト細胞に組み込めば、リフレクチンナノ構造を形成させ、光の散乱をうまくコントロールできるのではないか」と考えました。
チームは透過率を可逆的にコントロールできるヒト細胞を作成すべく、培養したヒト細胞にリフレクチンをコードするカリフォルニアヤリイカ由来の遺伝子を導入。
その結果、ヒト細胞はイカ由来のDNAを使ってリフレクチンを安定的に産生し、白色素胞に見られるのと同様のナノ構造を作り出すことに成功したのです。
さらに実験では、細胞の培養液の塩分濃度を変えることでリフレクチンの配置が変わり、ナノ構造が変化する様子も捉えられました。
つまり、ヒト細胞においても光の透過・反射率を変えて、透明度を調節することができたのです。
またチームはコロナ禍で研究を一時中断せざるを得なかった際に、自宅で「ヒト細胞の光の透過・反射率を予測する計算モデル」を開発しました。
ゴロデツキー氏いわく、この計算モデルに(ヒト細胞に組み込む)リフレクチンナノ構造の設計パラメータを入力すると、具体的な光学特性の予測値を算出してくれるという。
そのおかげで、ヒト細胞を培養する前により効率的な細胞を作るための設計図が得られると言います。
では、この知見を用いてカモフラージュ能力を持った透明人間を作るのかといえばそうではありません。
実際の使い方は最も現実的です。
ゴロデツキー氏は「ヒト細胞の光学特性を変えることで従来より優れた細胞イメージングが可能になる」と話します。
要するに、光の反射率を上げて白色化することで、ほぼ透明な細胞を見やすくすれば、細胞の成長や発達のプロセスをより深く理解できるようになります。
反対に、生体組織の透明度を高めれば、今まで気づけなかった細胞の働きが見つかるかもしれません。
細かい話をすると、私たちの皮膚のような一部の細胞を透明にできたところで、赤血球を含む血液を透明にしたり、内臓を透明にすることはできません。
映画「インビジブル」のようなSF展開を期待したくはなりますが、研究は当然そのような利用はまだ想定していません。
こちらは研究チームが「アメリカ化学会 2023」で発表した内容の動画です。
参考文献
Human cells help researchers understand squid camouflage https://www.acs.org/pressroom/newsreleases/2023/march/human-cells-help-researchers-understand-squid-camouflage.html