約60年前に失われたと思われていた”ビッグバン理論の父”の貴重なインタビュー映像が再発見されました。

ベルギーの天文学者でカトリック司祭も務めたジョルジュ・ルメートル(1894〜1966)は、宇宙進化のモデル「ビッグバン理論」の元となるアイデアを提唱したことで知られます。

彼は1964年2月14日にインタビューを受けていたのですが、そのフィルムはこれまで行方不明になっていました。

しかし昨年末の12月29日、ベルギーの公共放送局VRT(フランデレン・ラジオ・テレビ放送協会)のアーカイブにて、約20分間のインタビュー映像が収められたフィルムリールが発見されたのです。

専門家らは「私たちの知る限り、これは現存する唯一のルメートルのインタビュー映像です」と話します。

一体どんなことが話されていたのでしょうか?

※ インタビュー映像のフル動画は記事の末尾に掲載しています。

目次

  • アインシュタインを唸らせた天才ルメートルの宇宙論
  • インタビューで語られた内容とは?

アインシュタインを唸らせた天才ルメートルの宇宙論

ルメートルは幼少期にイエズス会の学校で学び、29歳でカトリック司祭となります。

その傍ら、宇宙物理学の勉強も熱心に続けており、非凡な才能を発揮しました。

1927年には「宇宙は膨張している」との説を主張しますが、当時「宇宙は不変である」と固く信じていたアインシュタイン(1879〜1955)はこれに反対しています。

しかしルメートルは1931年に、科学者が一堂に集まった会議にて、自説をさらに押し進めた「特異点から始まる宇宙膨張説」を発表。

「宇宙卵が創生の瞬間に爆発した」との表現を好んで使ったことから、反対者はこれを批判的に「ビッグバン」と呼ぶようになりました。

(「Bang:バン」とは爆発の擬音で、日本語ならボカーンと言っているようなニュアンスで、かなり馬鹿にした表現だった)

皮肉にも、これがのちの「ビッグバン理論」という名称の由来になります。

ルメートル自身は、自らの説を「原始的原子仮説(L’Hypothèse de l’Atome Primitif)」と呼んでいました。

Credit: livescience –Only filmed interview with Georges Lemaître, ‘father of the Big Bang,’ rediscovered after 60 years(2023)

この説は当時の科学界に激しい拒否反応を引き起こし、ルメートルは多くの非難を浴びました。

そんな中、「ルメートルこそ正しく、自分は間違っていた」と考えを改めた人物がいます。

アインシュタインその人です。

アインシュタインは1933年にルメートルが開いた「宇宙膨張説」に関するセミナーを聴き終わるや、立ち上がって拍手を送り、「この理論は私が今までに聞いた中で最も美しく納得の行く説明だ」と述べたという。

また後年、彼は「宇宙が不変だと信じていたことは私の生涯で最大の過ちだった」とも話しています。

(アインシュタインが考え方を改めた理由として、1929年にエドウィン・ハッブルが観測によって宇宙膨張を証明したことも関係する)

こうしてルメートルの説は徐々に賛同の声を集めていき、ついにロシア出身の理論物理学者ジョージ・ガモフ(1904〜1968)が1946〜48年に、彼の説を発展させた「ビッグバン理論」を打ち立てました。

Credit: 天文学辞典より

一般的には、宇宙がビッグバン(大爆発)によって誕生し、高温高密度の”火の玉”状態から膨張とともに冷えていき、その中で銀河や恒星を生み出しながら、現在の宇宙の姿に至ったと説明されます。

現在ビッグバン理論については実際に起きたとされる明確な証拠があり、その1つが宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」です。

宇宙マイクロ波背景放射は宇宙の全方向で観測できるマイクロ波で、その正体はビッグバンの凄まじい光が宇宙の膨張とともにマイクロ波の波長まで引き伸ばされたこだまのようなものだとされています。

では次に、約60年ぶりに再発見されたルメートルのインタビュー内容を見ていきましょう。

インタビューで語られた内容とは?

VRTの広報担当者によると、インタビュー映像のフィルムリールは、ルメートルの名前のスペルを間違えてラベリングしていたことで、膨大なアーカイブの中のどこに保管したか分からなくなっていたという。

そのため担当者はこのフィルムの捜索を「干し草の中に落ちた針を探すようなものだった」と話しています。

しかし今回ようやく再発見され、デジタル上で復元されたことで、誰でも簡単に視聴できるようになりました。

インタビューはフランス語で行われ、映像にはフラマン語(ベルギーおよびフランス北東部で話されている言語)の字幕が付けられています。

Credit: VRT –Eindelijk teruggevonden: het historische interview over de oerknaltheorie(2023)

映像はインタビュアーが冒頭で尋ねたと思われる質問に答えるところから始まります。

質問の音声は入っておらず内容は不明ですが、ルメートルはすぐに自身の「原始的原子仮説」と、当時の宇宙観として強く支持されていた「定常宇宙論(Steady-State Cosmology)」との違いを語り始めました。

当時、宇宙を不変と考える人は多かったものの、エドウィン・ハッブルが遠方銀河の観測から宇宙が膨張していることを証明したため、この問題を説明する理論が求められていました。

「定常宇宙論」はそんな理論の1つで、1948年にイギリスの天文学者フレッド・ホイル(1915〜2001)らが提唱した宇宙モデルです。

(ちなみに前項でも話したルメートルやガモフの理論を批判して「ビッグバン」と呼んだのがホイル)

「定常宇宙論」とは簡単に言えば、「宇宙空間自体は膨張しているが、無から物質が生じることで宇宙に存在する天体の密度は常に一定に保っており、宇宙の構造は時間変化することはない」と説明している理論です。

ルメートルは「非常に昔、宇宙の膨張理論が登場する前 (約 40 年前)、私たちは宇宙が静的であると予想していました。何も変化することはないと考えていたのです」と話し、その考えを今も引きずっているのがホイルの理論だと切り出しています。

「定常宇宙論」は宇宙に始まりも終わりも必要としなかったため、当時は支持されていました。

しかしこれに対し、ルメートルはこの理論が「新たな星が誕生するのに必要な水素がどこからともなく、まるで幽霊のように現れた場合のみ、成り立つでしょう」と指摘。

「質量保存の法則に反している」と定常宇宙論を否定しています。

その代わりにルメートルは、先に説明した「特異点から始まる宇宙膨張説こそ正しい」と話しています。

Credit: VRT –Eindelijk teruggevonden: het historische interview over de oerknaltheorie(2023)

もう一つのハイライトは、インタビュアーに「あなたの科学的理論と宗教的信条は矛盾しないのか」と質問されている点です。

ルメートルはカトリック司祭の一面も持ち、彼の説はしばしば「キリスト教の天地創造の教義を証明したいからではないか」と批判されていました。

しかし、ルメートルはこの質問について「私は宗教的な下心から自説を擁護しているのではありません」と主張。

「宇宙の始まりは想像を絶するものであり、世界の現状ともあまりに違うため、そのような疑問は生じない」と続けています。

つまり、科学と宗教はまったく別の問題であり、両者を結びつけて考えることは無意味であると述べていました。

映像を見た米ローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)の宇宙物理学者であるサティヤ・ゴンチョ(Satya Gontcho)氏は、こう述べています。

「私たちが現在取り組んでいるビッグバン理論の枠組みを考え出した先人たちの中で、自らの仕事について話している記録はほとんど残されていません。

そのため、彼の言葉の一つ一つを聞くことは、まるで失われた時間を覗き見ているような気分でした」

インタビューのフル映像はこちらからご覧いただけます。

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参考文献

A Lost Interview With The ‘Father of The Big Bang’Was Just Discovered https://www.sciencealert.com/a-lost-interview-with-the-father-of-the-big-bang-was-just-discovered Only filmed interview with Georges Lemaître, ‘father of the Big Bang,’rediscovered after 60 years https://www.livescience.com/lost-georges-lemaitre-interview-recovered

元論文

Resurfaced 1964 VRT video interview of Georges Lemaître(arXiv) https://arxiv.org/abs/2301.07198
情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 ビッグバン理論の父・ルメートルの失われたインタビュー映像を再発見!