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ドイツにあるヨーロッパ分子生物学研究所(EMBL)で行われた2021年の研究によれば、脳を構成するニューロンの起源は、消化システムの制御を行う細胞であった可能性が高い、とのこと。
近年では腸にもニューロンがあり、脳との関係の深さから「腸は第2の脳」と言われるようになりましたが、逆でした。
研究によれば、ニューロンの原形となる細胞は最初に消化システムで誕生し、後に脳に転用されるようになったようです。
つまり順番にこだわるならば、腸は第2の脳ではなくむしろ、脳が第2の腸ということになります。
しかし、研究者たちはこの常識を引っくり返すような結論を、いかにして導き出したのでしょうか?
研究内容の詳細は2021年11月4日に『Science』に掲載されました。
目次
神経系を構成するニューロンは、多くの動物に必要不可欠な要素です。
ニューロンは脳が発する電気信号を神経接続部であるシナプスを介して筋肉細胞などの別の細胞に伝達し、全身の制御を可能にするからです。
しかし意外なことに、ニューロンなどの神経細胞が生物進化のどの段階で、どのような細胞から派生して誕生したのかは、謎に包まれていました。
そこで今回、ヨーロッパ分子生物学研究所の研究者たちは、地球上に生息する全ての多細胞動物の先祖の形と考えられる「海綿動物(スポンジ)」を調べることにしました。
海綿動物は水中で微生物をこしとって食べている非常に原始的な生物であり、海綿動物の基本構造は口と肛門が同じ穴で、体は上下の区別しか存在せず、他の多くの動物とは異なり背腹や左右の区別がありません。
そのため消化システムも消化「管」ではなく、出入り口が同じため消化室と呼ばれています。
また他の多細胞動物に存在しない非常にユニークさとして、脳どころか神経もニューロンもシナプスも、さらには筋肉細胞さえも持っていない、唯一の多細胞動物だという点があげられます。
(※サンゴやヒドラなど一見すると植物っぽい動物たちでも、体を動かす筋肉や、筋肉の動きを制御する神経系が存在します)
そのため研究者たちは、海綿動物の体に含まれる全ての細胞型を調べ上げ(遺伝的プロファイリングをして)、ニューロンの原型となるような細胞が含まれているかを調べました。
結果、海綿動物には18種類の細胞型が存在していることが判明したほか、そのうちの1つ「ニューロイド」と名付けられた細胞で、神経伝達物質の分泌が行われている可能性が高いと判明します。
神経系が存在しない海綿動物で、いったいなぜ神経伝達物質の分泌が行われているのでしょうか?
結論から言えば、脳は腸の一部が変化して誕生した臓器だからです。
神経系やニューロンがない海綿動物でなぜ神経伝達物質が必要なのか?
謎を確かめるため研究者たちはニューロイドが他の細胞とどのように接触しているかを調べました。
すると興味深いことに、上の図のように、ニューロイドは海綿動物の消化室の周りを包み込むように存在しており、多数の消化システムの細胞と細長い腕で接続されてると判明します。
また接合部分を詳しく調べると、ニューロイドの伸びた腕の先には複数の小胞(神経伝達物質が詰まったものと推測)が含まれた人間のシナプス(前部)とソックリな構造が含まれ、消化システムの細胞のほうには人間のシナプス(後部)に存在する受容体と酷似した受容装置が発見されました。
この結果は、ニューロイドは他の細胞との間に「シナプスのような」接合部分を介してコミュニケーションしていることを示します。
さらにニューロイドは消化システムに侵入してきた細菌を除去する働きもありました。
一方で、体内や消化システムに存在する共生細菌に対しては、ニューロイドは攻撃を控えます。
この結果は、ニューロイドは細菌叢とのバランスをとるための機能も持っていると考えられます。
他の細胞との長い腕を介しての接続、神経伝達物質の分泌、シナプスを介してのコミュニケーション、細菌叢との密接な関係……これらの要素は全て、人間の腸を囲むニューロンにも存在しています。
以上の結果から研究者たちは、海綿動物の消化管周辺に存在するニューロイドは、ニューロンの原形(前駆体)であると結論付けました。
ニューロンの原形となるニューロイドの本来の役割が、消化管を維持するためのシステムならば、脳は腸を構成する細胞の一部が変化して作られたことになります。
つまり腸は第2の脳ではなく、脳が第2の腸ということになるでしょう。
近年の研究により脳と腸そして腸内細菌の結びつきの強さが示されるようになってきましたが、それもそのはず。
極論すれば、脳は腸からうまれたと言えるからです。
今回の研究により、ニューロンの謎に包まれていた起源が、消化システムを制御する細胞(ニューロイド)から派生した可能性が示されました。
ニューロイドで同じような遺伝子が働いているだけなく、ニューロンのシナプスにソックリな接合部を持ち、同じ神経伝達物質を分泌し、細菌叢の維持にもかかわっていました。
神経系が存在しない海綿動物の消化システムでみつかったニューロイドは、その類似性から、後のニューロンの原形であり、ひいては神経系や脳の起源となったと考えられます。
そして腸内細菌などの共生細菌の存在は脳にとって、自分の親である腸と友誼を結んだ、古株のオジキ的な存在と言えるでしょう。
脳が腸内細菌の指令を受けて活動を変化させるのも、進化の過程をみれば納得できます。
ただ全てのニューロンがニューロイドを起源にしているかまでは、断定できません。
いくつかのニューロンは消化システムの制御機能よりも、筋肉細胞のほうにより多く一致する部分があるからです。
研究者たちは今後、海綿動物の細胞を分析することで、神経系の複雑な起源を解明できると考えています。
生命の進化過程の探求は今後も、豊かな思考の糧を与えてくれるでしょう。
※この記事は2021年11月公開のものを再掲載しています。
参考文献
More than a gut reaction
https://www.embl.org/news/science/more-than-a-gut-reaction/
元論文
Profiling cellular diversity in sponges informs animal cell type and nervous system evolution
https://www.science.org/doi/10.1126/science.abj2949
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。